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気候変動

過日のダボス会議は刺激的な話題や発言は少なく
市場へのインパクトも皆無に終わった。

その中で注目されたのは環境保護活動家のグレタさんが講演し、
全身に怒りを漲らせ何も行動しない大人たちを叱りつけたことだろう。

飛行機を拒否し、エネルギーの消費を忌避する過激な
思想の行き着くところは、二酸化炭素を排出する人間の
存在の否定に至るのではないかと心配になる。

この怒りと殺気の源泉は若さか、病気かそれとも
ジャンヌダルクの再来と持ち上げる一部大人たちのせいか。



気候変動の人類に与える影響は様々にあるが
歴史的にも国家・民族の興亡は環境変化なくして語れない。

地球は1万年余り前に氷期を終え間氷期に入っているが、
他方数百年単位で寒暖を繰り返して現在にいたっている。

この長期的温暖気候下において農耕、遊牧などの生産活動が
活発化してきたが、紀元前後において大きく変動した。

特に紀元前1千年紀は温暖化が顕著でギリシャに続いて
ローマ帝国が繁栄した背景と考えられている。

しかし紀元後に寒冷化が進み、民族の
大移動が起きたことが
ローマ帝国の衰亡の遠因になったとされる。



中国でも同様で、紀元前に匈奴など遊牧民も安定的
な生活を送り農耕民との関係も友好的と言えた。

お陰でその時期に秦漢帝国という中華帝国の礎が築かれたのである。

しかし紀元後とくに三国時代において寒冷化による
草原の縮小に伴い遊牧民が南下した。

その結果魏が滅び、遊牧民が入れ代わる五胡十六国の時代に入り、
遊牧民の流れを汲む隋唐帝国ができるまで戦乱が続く。

このように気候変動が人類に与える影響は甚大であり、
さすれば気候変動について深く考える必要があるのは明らかだ。

ということでグレタさんの怒りも当然なのかも知れないが、
叱るばかりでなくチコちゃんのようにユーモアがないと人々は
耳を傾けてくれないのではないだろうか。



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パンデミック

年初早々のイランでの衝突が過ぎ、金融市場は
平穏無事に打ちすぎていたところだ。

そんな材料不足の中で突然降って湧いたのがパンデミック。

新型肺炎の患者についての第一報が伝わりカジノ、
航空機、ホテルなどの旅行関連銘柄に売りが出た。

さらに安全資産である円が買われているところだが
今のところ世界がパニックになるにはパワーは限定的。

今後不安が増幅されれば金融市場も大きく動くが、
とりあえず少し警戒しつつ様子見と言うところだ。



現状数百人が感染しているとされる武漢は「封鎖」された。

そしてWHOから「緊急事態宣言」が何時発せられるかと
固唾をのんで市場も見守っているところであるが・・・

とはいえ一部東アジア地域が汚染されている段階であり、
パンデミック(世界流行)と言い難いと判断された。

ともかく中国共産党は威信にかけて封じ込めるとしている。
果たして共産党はコロナウイルスに勝てるのか?

17年前のSARS蔓延の時にその発生を中国政府は
3か月も秘匿していた実績もあるだけに、今後政府
発表をどれほど信じて良いか不安は拭えない。



武漢の市場ではネズミ、蛇、こうもりなど様々な
野生動物そしてその生肉などが売られているようだ。

この小動物にウイルスが住みついていると見られているが、
昨今の人、モノの移動は拡大スピードを速めている。

ペストの感染は雲南省の風土病が侵攻してきた
モンゴル軍に伝染し拡散したとの説が有力だ。

その頃と比べ現代の感染そしてウイルス変異のスピード
はかなり早く、治療薬の開発との競争は激しい。

つまりウイルスと治療薬の戦いはエンドレスで、
現代医学は勝ち続けてくれるのか?

21世紀の不安材料の一つがパンデミックと言われているが、
ウイルスの世界経済特に中国経済、市場への影響については注意深く見守る必要がありそうだ。






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メグジット

英国ヘンリー王子とメーガン妃が結婚2年足らずして
「メグジット」つまり王室を離脱することになった。

米国特に芸能界で自由に育った人にとって格式高い
英国王室での生活に耐え兼ねたのはむべなるかな。

特にウイリアム王子夫妻とりわけキャサリン妃と執拗に
比較されその批判の根底には人種差別なども存在したことも
あったと言われる。

さらにエリザベス女王の不興を買ったなどとも言われ
カナダと英国で自由に暮らせる権利を得た一方で、
サセックス公爵、公爵夫人の称号をはく奪された。

もともとウイリアム王子には3人も子供がおり皇位継承権6位の
ヘンリー王子には血のスペアとしての意味も稀薄化していたのだから、
ある意味当然の落ち着きどころだったのかも知れない。



一方の日本では令和に入り皇位継承権第一位を意味する
皇嗣となった秋篠宮殿下の「立皇嗣の礼」が4月19日に
行われることが決定した。

詳細は「立皇太子の礼」に従うとし、ご本人の意向を組んで
簡素に行われると言う。

そもそも「皇嗣」とは、次の天皇になることが決まった
皇太子と異なり、(その時点での)皇位継承1位になったにしか過ぎない。

付言すれば昭和初期、昭和天皇家に女子が3人続いた時に
秩父宮殿下が一時期皇嗣となったことがあるが、皇太子(現上皇)が
生まれその名称は立ち消えた。

つまり「皇嗣」は暫定的な意味しかもたず、広く天下そして
世界に広める必要などあるとは思い難いのである。



今回の「立皇嗣の礼」については、男系男子の天皇を
支持する政治家・団体・個人が強く訴えた結果と言われる。

つまり女性・女系天皇を容認する一派に対する
デモンストレーションと言うところだ。

将来的に男系でつながる秋篠宮家を盛り立てようと
する政治意図を含んて開催される儀式に過ぎないのである。

英国王室で起きている変化は日本の皇室においても時間差
をおいてリベラルを求める動きにつながるのではないだろうか。

とりあえず(愛子帝に関する)女性天皇議論や(眞子様に関する)
結婚の個人の自由などに対する世論の動きが注目される。



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ホリエモン

「Ghosn」(ゴーン)が「Gone」(ゴーン)した。

などと駄洒落を飛ばしつつ日本の検察制度はじめ問題の本質を体験と
豊富な知識で切りまくるホリエモンのユーチューブを年初来楽しく見ている。

そのお陰で日本の政府当局や有識者たちの下記のような見解は
通り一遍で傾聴する気にならない。

「国益に反する」
「日本の司法制度をないがしろにしている。」
「言い分があれば裁判所で言うべきだ」
「逃亡などノブレスオブリージュの執るべき行動ではない」など。



そもそも日産の内部抗争に検察を巻き込み、司法取引を持ちかけた
西川社長など経営陣は経営責任を放棄したとしか言いようがない。

企業経営を国家権力に売り渡したことこそ
犯罪的と言うべきかも知れない。

ということで今後の裁判は被疑者不在で気が抜けたものとなるが、
取り残されたケリー被告が何だか貧乏くじを引いたと言うことか。

肝心要のゴーン氏はレバノンの首都ベイルートで優雅に
暮らしているようだが、その10憶円近い館は日産の
持ち物ということでいつまで住めるやら分からない。

実際当地は一時「中東のパリ」と言われたものの、今やレバノンは
国家として破綻しており、イスラエルとシリアに挟まれ政争の地になっている。



紀元前の昔この地は「肥沃の三日月」地帯の西端にあり
メソポタミア文明の恩恵を受けて栄えていた。

特にフェニキア人は前12世紀ごろに東方からの圧力を受けて
地中海に進出してカルタゴ、マルセイユなど植民都市を建設してアテネを圧倒した。

その後フェニキア人は絶滅したとされ、その故地もアラブ人の住む
世界となり、現在のレバノン人は商売にたけたフェニキア人の末裔ではなさそう。

また国家のトップもゴーン氏が懇意のキリスト教マロン派の大統領に
スンニ派の国会議長、シーア派の首相と国家の仕組みは複雑怪奇。

ということでゴーン氏はこの国で安住できるのかそれとも
ブラジルで大統領を目指すのか。

事実は小説よりも奇なりだ。




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李方子

日韓関係には秀吉に止まらず紀元前まで遡る長い歴史があり、
それだけに横たわる問題そして国民感情は複雑だ。

目下日韓問題がこじれる世相を反映して文芸春秋でも
韓国特集を続けているが、そのひとつが「反日種族主義」
(李栄薫ら)に関する論考。

これは日本の統治時代に対する韓国人の通念を真っ向から
否定する問題作で、批判を覚悟して事実と向き合うとして
反日一辺倒の時代に一石を投じた。

おかげで韓国では激しいバッシングが起きているが
広く読まれ、日本でも文芸春秋社が翻訳版を出版して
売れ行きは上々のようだ。



そして2つめが時同じくして始まった連載小説の
林真理子「李王家の縁談」。

目下のところは主人公である李方子(まさこ)の母である梨本宮
伊都子の嫁入りを画策する姿が描かれている。

梨本宮伊都子は鍋島藩主の娘であり、父が駐伊大使として
ローマ滞在中に生まれたので「伊都子」と名付けられた人。

相当の美人だったらしく既に結婚していた大正天皇が何度も
顔を見にきたとも言われる。

同時に気の強さとブライドの高さも相当で
学習院・常磐会のトップとして美智子上皇后を苛め抜いた人としても有名。

娘・方子については昭和天皇への輿入れを狙うが果たせず。

それならばと天皇に準ずる李朝最後の皇太子で東京に在住する
李垠(イウン)との婚儀に奔走する。



この方子の輿入れについて通説では日本政府が日韓関係強化
のために皇族の子女の輿入れを図った結果と言われる。

その指名を受けていやいや嫁ぐことになるとの話だったが、
林真理子の見解は伊都子の野心の故ということになる。

どちらにしても伊都子の提案に宮内庁は大喜びし、
婚儀は成立する。

その後李方子は生まれたばかりの長男を連れてソウルに
出向くが、その長男は宮城にて毒殺されてしまう。

そして1963年に方子は帰郷が許された夫とともに渡韓し
87歳で死去するまでソウルで暮らす。

今後小説でその下りがどのように描写されるのか、楽しみにしておこう。




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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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