女性宮家

去る3月サウジアラビアのムハンマド国王続いて
スペイン国王フェリペ6世が国賓として来日した。

そしてともに皇居で晩餐会があり、さらにスペイン国王夫妻は
天皇皇后両陛下を案内役として静岡へ出かけた。

その目的は、400年前にスペイン国王フェリペ3世が
徳川家康 に贈った洋時計の見学とか。

このように天皇陛下の公務にはきりがなく、
どこかで誰かが歯止めをかける必要があるだろう。

もはや自力では止められないとすれば
やはり退位へと進むしかないと言うことか。



天皇陛下退位後について住処や上皇と上皇后という
呼称そして上皇侍従職の設置など大枠の検討が一段落した。

いよいよ平成はあと1年半で終わるが、皇室典範の見直しや
女性宮家の創設は右寄りの圧力が強くて踏み込めなかった、
と有識者会議の座長代理の御厨氏が語っている。

将来の皇室の安定的な存続を考えるならば、右寄りの内閣の今こそ
この勢力と議論できる絶好機だったはずだと御厨氏は言うのだが。

実際右寄りの勢力は、天皇は公務などする必要もなく、
存在するだけつまり寝ていても良いと考えているようだ。

したがって公務が十分に果たせないので生前退位したいとの
天皇の意思などもってのほかとの考え方が根強い。

この結果当分女性宮家の創設などは議論される
ことはなさそうだ。



とはいえ現在の皇室の若い世代(35才未満)は
親王1人、内親王3人、女王4人の布陣でしかも適齢期だ。

つまり皆お嫁に行けば跡継ぎは悠仁親王一人となり
皇室の将来の先細り感は否めない。

かといって女性宮家を7つもつくるのは不経済でもあり、
また普段顔も見ない方々に親しみも湧かず国民的合意も形成しづらい。

ついては国民に人気があり醜聞もない内親王3人が宮家を作ると言う
折衷案を押す声が案外多く、このあたりがおとしどころと思うのだが。

がそのような人気投票のような考え方は右にも左にも
受け入れられるはずもないか。

やはり将来は明治天皇の玄孫もしくはその次世代の
登場になるのだろうか。

昭和天皇の誕生日である29日は、天皇制度の在り方を
考えるのに良い機会のようだ。



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縁故主義

トランプ大統領が就任して100日となった。

これからは蜜月も終わり議会との対決色も強まるなど
いばらの道が続くことになるだろう。

この間目立ったのが、イバンカ氏と夫のクシュナー氏で、
先進国では珍しい縁故主義(NEPOTISM)がはびこる。

メラニア夫人はNYで子育て中で必要に応じワシントンに
来ているようだが、ファーストレディはもっぱらイバンカ氏。

過日もベルリンでのウーマンサミットにラガルド氏などとともに参加し
父を擁護してメルケル首相とやり合うなどその存在感は際立つ。



一方トランプ氏と言えば政策運営面での不安定さが目立つ。

スタートから大統領令が連発されたが、入国管理令が
頓挫し支持率も低迷するなど今後に不安を残す。

このような状況で何とか公約を実現しようと100日以内の
駆け込みを狙ったのが税制改革だ。

実現に向けての財源手当てや法案提出権のある議会への
根回しも不足気味ながら、とりあえず改革案を発表した。

具体的には法人税を35%から15%へ下げ
さらに個人所得税も下げる。

ただ国境調整税については、輸出面での減税は歓迎されるが
輸入に対する増税については一部企業に強い反対があり
見送りとなった。

つまりこれら税制改革案の問題点は財源の手当てが
見えないこと。

法人税下げで今後10年で2兆ドル(220兆円)場合によっては
5兆ドルにものぼる赤字がもたらされるとの試算もある。

さらに本来はオバマケアの撤廃で費用がカットされる予定だったが
それにつまずいたことで歳出は思う通りに減らない。

財政赤字の拡大を嫌う茶会党などが強硬に反対していることから
30年ぶりになる税制改革が実現するかは雲の中。



このようにトランプ政権には八方ふさがり感が強まっており、
必然的に頼れるのは身内ということになるのだろう。

春節のお祝いにイバンカ氏と娘アラベラちゃんが中国大使館を
訪れて中国語で歌い、緊張高まる米中関係に融和ムードが漂った。

また習近平夫妻がフロリダのマールアラーゴに来た時も
アラベラちゃんが中国で歌って米中の友好に貢献した。

お陰で母親イバンカ氏は「女神」と呼ばれて中国での人気は
沸騰しているようだ。

イバンカ氏頼みが続くトランプ政権の先行きは厳しい。



めぐり逢い

ある旅行社からクルージングのDMを受け取った。

その旅はアドリア海から地中海を巡るもので、
最終地は南仏モナコ。

そしてニースの隣にある漁港ヴィル・フランシュの
美しい街並みと海の写真が大きく掲載されていた。

その港町は映画「めぐり逢い」(An Affaire to Remember)の
重要な舞台となったところだ。

その映画の舞台は南仏からNYのエンパイア―ステートビルへと移るが
前半の軽やかな船旅から後半は一転してつらい展開に。

そしてフィナーレはクリスマスのマンハッタンの一室。

GWお暇な人にはぜひともお勧めしたい作品であり
タオルを用意することもお忘れないように。



筆者はこの映画を2度見たことがあったが、
ヴィル・フランシュの写真を見てまたもやTUTAYAに走った。

さすがに60年前の映画だけに、そのセット、撮影・音響技術など
現在と比べると違和感があるが、それもお楽しみの一つで、
主題歌も甘く切ない。

20世紀を代表する映画と言えば「サウンドミュージック」と言うのが
通り相場となっているが、メロドラマ部門ならこの不朽名作が
上位にくることは間違いない。

とりわけケーリー・グラントとデボラ・カーの美男美女の
カップルは文句なしにハリウッド全盛時を代表するスターで
往時を偲ばせてくれるだろう。



これがハリウッドを代表する作品である証拠に、93年には
リメイク版とも言われる「めぐり逢えたら」(Sleepless in Seattle)が作られている。

こちらはメグ・ライアンとトム・ハンクスが演じ、詳細は違うものの
エンパイア―ステートビルが舞台でテーマ曲も同じ。

もし「めぐり逢い」が気に入ったら「めぐり逢えたら」にも
挑戦してください。

人間はなぜ高いところが好きなのか
と言うことが少し分かります。



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仏大統領選2

昨年6月の英国民投票、11月の米大統領選と立て続けに世論調査が
はずれたが、今回の仏大統領選は思いのほか世論調査通りとなった。

さらにこの一年ポピュリズムと反グローバリズムの嵐が世界を飲み込み
かけたが、その懸念も5月7日の結果を待つまでもなくひとまずやんだ。

お陰で市場ではVI(恐怖指数)は一気に下落し、予想以上に
広がっていたリスクオフの動きが巻き戻されて仏の株式市場も
4%上昇するなど安心感が広がった。

ともかく仏がユーロから離脱してフランに戻り、その価値の下落が
回避されたことにはひとまず胸をなでおろした。

したがって退蔵している星の王子様を描いた50フラン札を使う
機会を逸したのだが、ユーロが強くなるのは歓迎だ。



予想通りとは言え4人が混戦だったことは、改めて
仏そして欧州の政治的な分断を浮彫りにした。

最終的にマクロンが60%の支持を得て大統領に就任するとしても、
ルペンやメランション合わせれば40%以上の人が反EU、反グローバリズムに
一票を投じたことはEUの将来に不安を投げかける。

またこれまで成長VS分配を掲げて戦ってきた二大政党が国民の声を
受け止められなかったことも、仏社会そして欧州が新たな局面に入っていることを
示唆していると言えよう。

その問題の本質が格差そして移民にあり、新自由主義に乗り遅れた
人々の不満が現状破壊的な極右や極左の支持に向かったということだろうか。



ともかくマクロンが5年もしくは10年在任するとすれば
独仏を中心とした欧州の枠組みが当面存続するわけで、
一気に世界がポピュリズムの嵐に飲み込まれることはなさそうだ。

ただマクロンの今後の政治はと言えば与党が存在しない点で
小池百合子同様と言うことだろうか。

「都民ファースト」のようなものを作るのかも含め、どのような内閣を
組閣するのかに関心が移るが、その意味では6月に予定される
国民議会の選挙が注目されるところとなるだろう。

それにしても今回の仏選挙は日本でもリアルタイムに報道され、
また子供の世界にまでルペンやマクロンの名前が広がった。

つまりグローバリズムが世界に浸透しているのは明らかで、
「自国第一主義」は「親の仇」と言っても良いのかも知れない。


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パルムの僧院

「パルムの僧院」を読みだして早1か月。

フランスゼミの課題本であり読まなければならないのだが、
なかなかはかどらなくて往生している。

この作品はスタンダールが北イタリアに行き、
50日間にわたる口述筆記により完成させたものとされている。

あらすじはナポレオン戦争前後の貴族の青年と公爵夫人
および貴族の娘との恋物語。



舞台のパルム(パルマ)はロンバルジア平原の中心部にあり、
物語りはミラノやコモ湖にある別荘で進んで行く。

その時代のパルマ公国と言えば、小説と異なりナポレオンの妻で
夫の死後大公となったマリア・ルイーズが統治していたところ。

マリア・ルイーズはハプスブルク家の皇女で、子供の頃から
ナポレオンに2度もシェーンブルン宮殿を追われるなど、
ナポレオンを憎んで育った。

その後その相手との結婚を余儀なくされたのだから
気の毒な人だったと言えるだろう。

結局ナポレオンとの間に男子(ナポレオン2世)をもうけるが
夫への愛情は薄かったと言われるのもやむなしか。



ナポレオンがエルバそしてセントヘレナに流されて以降
ウイーンに戻るが、ウイーン会議が終わると間もなく
パルマに行き、同地の伯爵との間に極秘のうちに2人の子供を産む。

したがってパルマから数百キロも離れたウイーンの王室で暮らす
ナポレオン2世と疎遠になり愛情が薄くなるのも無理はない。

そのナポレオン2世と言えば、小公子然としてとても
可愛かったようで、その後りりしい軍人に育つ。

本人は父を尊敬しており、仇敵で母の実家であるハプスブルク家の人々の間で暮らすのは
つらかったかも知れない。

結局無理がたたり結核に侵され、僅か21歳の短い人生を閉じる。

このようにパルマと言えばナポレオン家にまつわるドラマが頭をよぎる。

スタンダールには悪いが「事実は小説よりも奇なり」と言う
格言が思い出される。



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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