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先日の「水仙」に続いてワーズワースの代表的な短編の詩のひとつ「虹」を読んだ。

The rainbow

My heart leaps up when I behold
A rainbow in the sky :
So was it when my life began,
So is it now I am a man
So be it when I shall grow old
Or let me die!
The Child is father of the Man :
And I could wish my days to be
Bound each to each by natural piety.

私の心は躍る、
大空に 虹がかかるのを見たときに。
幼い頃もそうだった、
大人になった今もそうなのだ、
年老いたときでもそうありたい、
でなければ、生きている意味はない。
子供は大人の父親なのだ。
願わくば、私のこれからの一日一日が、
自然への畏敬の念によって 貫かれんことを。



この詩は1802年、ワーズワース32歳のときの作で、この時すでに虹についてはデカルトやニュートンが科学的にメカニズムを解明していた。

とはいえ、ワーズワースも子供のように虹を前にして心打たれて詩作したのである。

この感動と言うべき純真な気持ちは年齢により増大するものではなく、逆に衰える。

したがって「子供は大人の父親なのだ」と語っている所以なのである。

この一文がこの作品の肝とされるが、自然を目の前にして、わきあがってくるこの感嘆を、これからも年老いてからもずっと大事にしたい、語っている。

そんなワーズワースの純粋な想いがこもったこのフレーズが、この「虹」をより人々の心に残ったと言えよう。



ワーズワースが日本に紹介されたのはもちろん明治時代以降で日本人に愛されることになる。

形式は全く違うが、花鳥風月を俳句、和歌などで詠んできた日本人は自然を愛する心を有するワーズワースに大いに同調し、インパクトを与えられた。

明治21年、徳富蘇峰が「国民の友」の論文のなかで引用したのが始まりで、夏目漱石、国木田独歩、島崎藤村らがその翻訳そしてワーズワース研究の歴史に名を残す。

ワーズワースへの評価は大正時代も高く、昭和に入ると都市化が進み自然が減ったことから逆に田園、湖水への憧れが増し日本人により好まれたのである。

したがって、半世紀前ごろには英語の教材として多くの日本人に読み継がれている。

年老いてからも若い時と同様に自然と向き合って感性豊かに暮らす、これがワーズワースの求めた生き方なのだろう。

湖水地方を訪れる巡礼者のような日本人は後を絶たないらしい。

もちろん若い人にはワーズワースよりもハリー・ポッターのロケ地巡りの方が馴染みがあるのかも知れないが。


 

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水仙

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(国立競技場と絵画館)

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(八重桜)

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(花水木)

数か月にわたる無彩色の時が過ぎ、街は春色豊かな世界へと転じた。

この快適さは冬場の寒く暗い英国ならなおさらに違いなく、野山に出かけて自然に包まれたい気分はどれほどのものだろう。

故にイングランド北西部の丘陵地帯にある湖水地方で自然と対峙して生涯詩作を続けたワーズワースに想いが至る。

もはや湖水地方へ行くことはないとしても、コッフォルズの村などその地方、特に様々な小説に書かれた花咲く庭園などへと好奇心が湧くのは精神衛生上良い兆候だ。



ウィリアム・ワーズワースの代表作に「水仙」がある。

The Daffodils
             William Wordsworth

I wander'd lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
They stretched in never-ending line
Along the margin of a bay:
Ten thousand saw I at a glance
Tossing their heads in sprightly dance.

The waves beside them danced, but they
Out-did the sparkling waves in glee:
A poet could not be but gay In such a jocund company!
I gazed - and gazed - but little thought
What wealth the show to me had brought.

For oft, when on my couch I lie
In vacant or in pensive mood,
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;
And then my heart with pleasure fills
And dances with the daffodils.

水 仙
            ウィリアム・ワーズワース(平井正穂訳)

谷を越え山を越えて空高く流れてゆく
白い一片の雲のように、私は独り悄然(しょうぜん)としてさまよっていた。
すると、全く突如として、眼の前に花の群れが、
黄金色に輝く夥(おびただ)しい水仙の花の群れが、現れた。
湖の岸辺に沿い、樹々の緑に映え、そよ風に
吹かれながら、ゆらゆらと揺れ動き、踊っていたのだ。

夜空にかかる天の川に浮かぶ
燦(きら)めく星の群れのように、水仙はきれめなく、
入江を縁どるかのように、はてしもなく、
蜿蜒(えんえん)と一本の線となって続いていた。
一目見ただけで、ゆうに一万本はあったと思う、
それが皆顔をあげ、嬉々として踊っていたのだ。

入江の小波(さざなみ)もそれに応じて踊ってはいたが、さすがの
燦めく小波でも、陽気さにかけては水仙には及ばなかった。
かくも歓喜に溢れた友だちに迎えられては、苟(いやしく)も
詩人たる者、陽気にならざるをえなかったのだ!
私は見た、眸(ひとみ)をこらして見た、だがこの情景がどれほど豊かな
恩恵を自分にもたらしたかは、その時には気づかなかった。

というのは、その後、空しい思い、寂しい思いに
襲われて、私が長椅子に愁然として身を横たえているとき、
孤独の祝福であるわが内なる眼には、しばしば、
突然この時の情景が鮮やかに蘇るからだ。
そして、私の心はただひたすら歓喜にうち慄(ふる)え、
水仙の群れと一緒になって踊り出すからだ。



ワーズワースが群生する水仙を見たのは4月英国湖水地方のアルズウォーターで、金色に輝くその風景に圧倒された。

「湖水詩人」ワーズワースはイングランド北部、コッカーマウスに生まれたが、そこは英国の美しい湖水地方に近いところ。

幼少期に明媚な自然に親しんだことが、ワーズワースの人生に大きな影響を与えた。

1787年にケンブリッジ大学に入学し、毎夏に湖水地方やヨークシャーの景色の良い地方を歩いた。

さらに友人たちと共に、フランス、スイス、イタリアへ旅行に行っており、とりわけスイスの山岳風景に感動。

大学卒業後、1791年にフランスに行き、フランス革命を見聞して深入りするが、その後の恐怖政治に幻滅をおぼえる。

また恋におちたフランス女性とその後生まれた娘とも別れ、失望のうちに帰国。

その後湖水地方のグラスミーアに住み、詩作にふけるようになり、詩人コールリッジとの友情が芽生え共著「叙情歌謡集(Lyrical Ballads)」を出版している。

その後ワーズワースは、メアリー・ハッテンと結婚し、静かな生活に入り、晩年英国国王から任命される桂冠詩人となった。

長詩中の最高傑作とされる「序曲(The Prelude)」が出版されたのは死後半世紀ほど経ってからだ。






「矛」と「盾」

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過日岸田首相が国賓待遇で訪米し、日米首脳会談さらに両院議会で演説を行った。

議会での演説は2015年の安倍首相以来史上2人目とのことで、支持率16%と国会で拍手をもらえなくても米議会で万雷の拍手を浴び大歓迎された。

多額のお土産を持って行ったのだから当然とする向きもあり、もはや政権末期の段階において夫人(長男は不明)も参加しての岸田ファミリーの思い出作りに多額の軍事協力を約束してきたのだから。



日米首脳の共同声明において、首相は今後も米国のこれまで同様のリーダーシップは必要不可欠とした。

同時に日本としては、「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や防衛費のGDP2%などへの引上げなど強い決意を持って防衛力の強化に取り組んでいく」と約束、

また日本を「米国のグローバル・パ-トナーと定義し、これまで米国が国際秩序を維持する上で果たしてきた役割を日本も背負う」と断言。

つまり最大の脅威である中国、北朝鮮、さらにロシアによるウクライナ侵略が明日の東アジアになる惧れに対し、孤立感や疲弊を感じている米国と共に日本はあると言いきった。

つまり東アジアにおいてこれまで米国の「盾」としての役割のみならず、「矛」としてグローバルな視点で米国の共同パートナーになることを約束。

今後米軍と自衛隊の共同作戦における指揮統制の連携調整をすすめて行く。



日米安保条約が1960年に締結されて以来日本は米国の核の傘に入り、軍事は米国に任せひたすら経済発展に努めてきた。

もちろん自衛隊は活動してきたが、その存在は平和憲法の下である程度自制されてきた。

それから60余年が経過し、米国は「世界の警察」として軍事力を発揮しまた経済面ではIMF/世銀体制により
軍事経済面で国際秩序を維持し、日本はその恩恵を貪った。

米国の役割については莫大な費用を要するもので、これまで米国の圧倒的な経済力に支えられて行われてきた。

しかしいまや財政赤字は膨らみ、国内インフラ老朽化への対応もまったなし。

ここで「カモがネギをしょってくる」の諺の通り日本の岸田首相が美味しいお土産を持参したのだから大統領も議会も大歓迎せぬわけはない。

その根っこには、昨年韓国のユン大統領が米韓同盟70周年に国賓待遇されたことへの対抗心があったかも知れない。

とりあえず日本は「グローバルな連携」の御旗の下にアジアさらには世界各地の紛争に「矛」として米国と足並みを揃え首を突っ込むということだ。

「ギブ&テイク」が経済合理的であり世界GDP4位の日本として、日米安保ただ乗り論がまかり通る時代は過ぎた。

いよいよ「自衛隊」とは名ばかりで「日本軍」として米軍との共同作戦展開に向けて具体化が進む。

日々流動化する国際情勢の下、80年近い昔の「不戦の誓い」など形骸化してゆくのはやむを得ないということか。





葉桜

4月12日(金) 晴れ 19度

今年のさくらもほぼ終わり。

桜前線は既に北東北へと北上し、GWを前に津軽海峡を渡りそうだ。

駒場界隈にはお気に入りで毎年愛でている何本かの樹があるが、それらもすでに散り染めを過ぎ葉桜となっている。

しかし花の季節はこれからいよいよ佳境で、花水木やツツジなどへと主役は変わって行く。

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(駒場野公園)

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我が家の小さい庭にも春が訪れている。

「March winds and April showers bring May flowers」と英国に諺がある。

英国とくに湖水地方などその自然をよく知らないだけにワーズワースを読んで味わいたくなる。

日本は4月なのにすでに英国で言う「花の5月」と言った感じか。

これからしばし花を探して街の散策を欠かせない。

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(シクラメン)

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(シャクナゲ)






置賜桜

4月10日(水) 晴れ 14度

旅の3日目最終日は新潟市内から山形空港まで150キロを走ることに。

まず目指したのはお隣胎内市(たいない)にある「長池憩いの森公園」および隣接するチューリップ畑へ。

公園はまだ花の季節には早いようで人など全くおらず、五分咲きの桜などが咲いているのみ。

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そして公園の横にチューリップの畑が広がっていた.

この2万haの畑では80万本のチューリップか咲き、20日から2週間フェスティバルが行われる。

しかしチューリップは一輪発見するのみ、少し早かったようだ。

一方同じ面積の菜の花畑はそこそこ咲いており、遠くの雪山の白と黄色のコントラストが良かった。

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(チューリップ畑)

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(僅か一輪)

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(菜の花畑)

続いて越後関川村の豪商であった渡邊邸へ。

この最寄り駅は村上市坂町と米沢を結び山あいを走るJR米坂線で、2年前の豪雨で寸断され復旧の目処が立たない。

結局各自治体が負担を渋っているらしいが、JRも超赤字路線だけに数十億円の費用負担を一人で被ることはできない。

渡邊家は江戸時代に林業と回船業で財をなし、この豪邸は300年の歴史を有する。

部屋数は40を越え、蔵も5つあるとかで何よりも土間の広さに驚く。

30年近く前に宮尾登美子の書いたドラマ「蔵」の舞台にもなったとか。

ただすでに渡邊家は住んでおらず、他の重要文化財に指定された旧家同様財団法人として運営されている。

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続いて新潟県と山形県境の峠を超えて「置賜(おきたま)桜回廊」へ。

この40キロほどの回廊は20ヵ所ほどの一本桜を繋いで売り出しているらしいが、その中から便利そうな伊佐沢の「久保桜」を見ることに。

それでもかなり辺鄙なところにあったが、予想はしていたけれどまだ3分咲き程度で、人混みにも合わずに良かった。

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夕刻山形空港に着いたが、東京行きは突如の欠航。

機材整備不良とかで①大阪経由、②山形で1泊して翌朝、③新幹線かの三択を迫られる。

車が羽田のパーキングにあるので新幹線は無理で、結局45分のところ3時間以上かけての遠回りで大阪経由に。

お客が少ないとJALは時々こういうことをやるのかな?きっとそれに違いなかろう。

お陰で伊丹空港で大阪のラーメンを食べ、柿の葉寿司をお土産にして帰った。

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(柿の葉寿司)





プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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