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宝塚にて

関西旅行の後半戦は宝塚の逆瀬川を遡上して
東六甲中腹にある老人施設へ。

義父母は齢93となり細々したことは一人で難しくなったことから
一般居室から介護居室に転居した。

とはいえ依然食堂で食事も出来ている
のは何よりだ。

この施設は緑に囲まれ空気が清澄であることに加え、
地元あべのハルカスも遠望できるのでとても気に入っている。

最晩年はここに住みたいと来る度に思うが、係累が東京にいる以上
そう言う訳にも行かないか。

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(東六甲山系)

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(大阪市遠望)

旅の締めくくりは阪急電車に乗り「大阪梅田」へ。

阪急電鉄は梅田や河原町などは一体どこなのか旅人に
分かりにくいので、「大阪梅田」「京都河原町」へと改名したようだ。

千代田線が明治神宮前を「明治神宮前(原宿)」に、
二重橋前を「二重橋前(丸の内)」に変えたようなものか。

ともかく揚げたての天麩羅を安く食せる「天ぶら・まきの」へ直行。

天麩羅は広義にはたこ焼き、お好み焼、うどんなど粉ものの
系統とも言えなくもない点大阪の味と言っても良いかも知れない。

こうして5日間の旅を終えたのである。

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(阪急電車)

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醍醐寺

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(醍醐寺・山門)

地図を見ていると蹴上から醍醐寺へは山科を抜けて
地下鉄東西線で近いのを発見。

早速雨にも負けずタクシーを乗り継いで向かった。

貞観年間に建てられたこの古刹は醍醐天皇初め、足利義満などと縁が深い。

高校の遠足できたような記憶もあるが、立派な伽藍配置に
人も少なく静かでとても素晴らしい。

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(五重塔)

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秀吉がお寺を中興したと言われるように
至る所に豊臣家との縁を物語る建造物がある。

当時秀吉は後陽成天皇や公家たちに信長や家康の10倍に上る寄進をし、
近衛家の養子として関白太政大臣に上り詰めた。

その金離れの良さは未だ大阪では太閤さんと呼ばれ絶大の人気を誇る
所以なのである。

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(桜並木)

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(三方院・庭園)

このお寺を有名にしているのは何と行っても「醍醐の花見」。

かつて読んだ小説では露天の店が並び、また晩年の利休がすでに
緊張関係にあった秀吉に茶を点てたと言う。

その並木道を歩いたが430年程前の春の賑わいが目に浮かぶ。

そして本日のハイライトは秀吉も設計に頭を捻ったとされる三方院の庭園。

金閣寺・銀閣寺と並び三大名園と言われているように
思わず息をのむほど。

しばし縁側に座り華やかで完璧とも言うべき庭に見入った。



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詩仙堂

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(京阪電車)

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(叡山電鉄)

今にも泣き出しそうな曇天の中三条から「おけいはん」と愛称される
京阪電車で出町柳へ。

さらに叡山電鉄のワンマンカーに乗り換えて
比叡山の麓にある詩仙堂に向かった。

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(詩仙堂)

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ここ丈山寺・詩仙堂は寛永年間に石川丈山が創建したとされ、
古代中国の三十六歌仙の肖像画が飾られていたことからそう呼ばれた。

時に公開されるようだが、通常はチャールズとダイアナ妃が訪れた際のツーショットが飾ってあるのみ。

ここの良さは「詩仙の間」から眺める庭園で
つつじ、紅葉の季節は抜群と言う。

女性、花、樹木、石と年齢と共に順次興味は移ろうと言われるように、
近頃は名園を前にするととても心が落ち着く。

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(鴨川)

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(十二段屋)

京都は鴨川界隈に人が多く繰り出しているが、
それにしても三条、四条あたりには学生と喫茶店が多い。

夜は丸太町・十二段屋のおばんざいとお茶漬け。お漬け物が秀逸だ。



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京都にて

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(八坂の塔)

半年ぶりで京都にきた。
まず向かったのは東山の高台寺。

その参道から西南の方向に見えたのが
通称「八坂の塔」。

清水寺に隣接する臨済宗建仁寺派・法観寺の五重塔だ。

その方角には遠く京都タワーも見えたが、その昭和の建造物はやはり無粋で古都には似合わない。

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(高台寺)

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高台寺は豊臣秀吉を祀るべく北政所ねねが創建した。

広大な敷地に小堀遠州作の庭が広がる。

しかし外人含めて観光客が多くやや情緒に欠けた。

当時淀君や三成への政治的対抗上家康が多額の財政援助をしたという。

余談ながらこの小堀遠州の子孫は明治に入って
森鴎外の娘杏奴と結婚。

いまその孫に当たるお医者さんがわが家のそばに住んでいる。

歴史とは案外身近に息づいているもので不思議を感じた。

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(アミューズ)

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(ワゴンデザート)

今回の旅の目的は京都の街を散策すること、
そしてウエステイン都ホテルでのんびりするため。

ホテルは来春のリニューアル再オープンを控えて工事は佳境。

と言うことでまもなく営業を中止するメンダイ「グランドビュー」で
東山の景色を見ながらお昼から結構飲んでしまった。




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越後平野

久しぶりに三国山脈を越えて中越から下越へと
向かった。

越後平野は信濃川および阿賀野川が運んできた土砂に
よって作られた沖積平野で日本の穀倉とも言われる。

それだけにその田圃が果てしなく広がる様は壮観で、
梅雨入り前の今は田植えも終わりその整然さが印象的だ。

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(彌彦神社)

まずは越後一宮である彌彦神社にてお参り。

さらに目指した先はかつて会津藩領に属し戊辰戦争時の
佐取古戦場跡でもある「咲花温泉」へ。

この鄙びた温泉は新津と会津若松を結ぶ磐越西線の
中間に位置する。

一時間に1本ディーゼル列車が通るかどうかなので寂しい限りだが
年に何回かSL列車が特別に仕立てられた時だけ華やぐようだ。

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(磐越西線・咲花駅)

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(キハ系)

越後を代表する川と言えば何よりも信濃川だが
阿賀野川も地味ながらそれなりに。

旅館「佐取館」が阿賀野川に面していたことから、
そのなみなみとした水の流れを飽きることなく終日眺めて過ごした。

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(阿賀野川)



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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