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新しい日常

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非常事態宣言が解除されて「新しい日常」が始まった。

孫娘もピカピカの中学生になり、昭和的な制服に指定の鞄
で多摩川を超えての電車通学を始めた。

すでに5月連休明けからZoomで入学式そして
ホームルームや授業が始まっていた。

しかしバーチャルではなくリアルに顔と顔を合わせての
楽しさは全く違うようだ。

当面部活も夏の林間学校もないのはかわいそうだが
これから学園生活は10年もある。

「新しい日常」の中で楽しく充実した日々を過ごしてほしい。



それでは「新しい日常」とは?

それは政府の言う手洗い、オンライン飲み会、飲み屋での横すわり
などの生活指導ではなく、あくまでもニューノーマル
(新しい当たり前)つまり「社会の構造変革」についての議論だ。

中国で言えば「新常態」が思い浮かぶが、習・李が掲げた
高度成長・輸出型経済から中成長・消費経済型への転換の
ような社会の価値観の変化をもたらすものだ。

コロナショックに見舞われた我々にとってのニューノーマルとは
巣ごもり期間にレベルを上げたIT Literacyの充実した社会の実現か。



過去20年我々の生活のデジタル化はそこそこ進んでいたが
今回のコロナでアナログ行政の実態には驚いた。

①給付金申請書に身分証明と口座番号のコピー添付が求められたこと
②オンライン申請の確認が手ベース・読み合わせで行われていたこと
③都と保健所のやりとりがFAXで行われていたこと
④教育のオンライン化が全く進んでいないこと、など。

つまり日本のIT Literacyは世界基準からすれば周回どころか
5周ぐらい遅れているのが実情で、民度の高さを誇っている場合ではないのだ。

コロナ後の世界のニューノーマルは「リモート」「オンライン」など
「デジタル化」であり、それが「新しい日常」の基準になるのではないか。




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弱い鎖

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(胡蝶蘭)

いっとき新自由主義が世界を席捲し効率的な経済社会の
実現が目指されたが、そのひずみは貧富の格差に現れた。

そしてその格差は社会の公正を失わせまた分断をもたらした。

今回起きたコロナ禍はその亀裂をより大きくする方向で
作用しているようだ。

実際エッセンシャルワーカーと言われるテレワークと無縁な
低所得層の罹患率が高くなっている。

仏ではサンドニ地区そしてNYにおいてはブロンクス地区などの
感染率が高いのは、「鎖の強さはいちばん弱いつなぎ目で決まる」と
言われる通りか。

社会は鎖と同様に弱い部分が直撃され崩壊の危機に
直面することになる。



フランスの歴史家・人口学者のエマヌエル・トッドが、避難生活を
送るブルターニュの別宅にてインタビューに応じている。

自らを特権的としつつも、政府の施策つまりこれまでの社会政策
そして今回のコロナ対策について非難している。

マクロン大統領が「戦争」と呼び鼓舞したコロナ戦における惨状は、
サルコジ、オランド以来積み上げたフランス政府の失政の
結果だと断定している。

つまり医療資源を削ってきた新自由主義の限界の故であり、
貧富を助長してきたことが今回のリスク拡大に大きく影響したと。



新自由主義を最も追い求めた米国では、人間の強欲さが
リーマンショックをもたらしたように、その格差は日欧の比ではない。

未だ一日2万人以上の新規感染者と死亡者が2千人を超える
状況にありながらトランプ大統領は各州において
経済のアクセルを踏み込ませたのである。

ヒスパニックなどは都市部に住んで感染率が高いのに比し
トランプを支持する白人たちは主に郊外で安全に暮らしている。

したがって暗愚の帝王は大統領選を前にして
コロナ軽視を決め込んだと言うことだ。

つまり為政者の気まぐれは社会の一番弱い部分を痛撃し、
鎖の最も弱いところが切れることになる。


.

自由と風変り

フランスの言葉や文化に初めて接したのは学生時代の
教養課程で、フランス語の先生で記憶に残っているのは二人。

ひとりは精神科医・作家なだいなだの夫人でNHKの
フランス語講座のレギュラーで人気があったルネ・ラガーシュ。

そしてもうひとりはサルトル研究家の海老坂武助教授。

この先生については「風変り」との噂があったが、さすがに
フランス文化に接して身に着けた自由な思考は、閉鎖的な
日本社会で育った学生には「風変り」に見えたのか?



1990年ごろに日経新聞の文化欄に忘れていたその名前を発見したが
ブルゴーニュあたりの小さな村に滞在しながら、フランスの田舎の生活の
薦めを書いていた。

そして十数年後にその名前を再発見した時は、沖縄に移住して
自然や島の人々の生活に触れて暮らしているとの島の生活の勧めだった。

このように生活環境を自由に変えてその文化を楽しむ姿に、
不自由に働く身としては羨ましく思ったものだ。



そして過日朝日新聞にその名前を発見したが
今回は居候中のパリ・バスチーユ広場近くで考えたことなど。

そしてテーマは「孤立(soltalier)の中でも宿る連帯(solidalier)」で、
「t」と「d」の一字違いの二つの単語をもじりつつ、仏社会の実情
と未来への提言を行っている。

実際3月17日にパリで始まった都市封鎖は5月11日に段階的な
封鎖解除が始まったが、この巣ごもりを強いられた55日間にパリで
考えたことを書いている。

フランスではコロナ危機以降を展望し、金よりも健康、経済よりも環境、そして
社会的不平等の撤廃などを求める風潮が高まっているとのことだ。

さらに日本については、自分の言葉で現在の危機の意味と
未来の展望を語ることの出来る指導者を選び出すことの
必要性を指摘している。

ともかく半世紀におよび忘れた頃に筆者の目の前に現れては
新しい生き方をさらりと提案してくれるこの人の自由な発想は
やはり四角四面の日本人には「風変り」に写るのかも知れない。



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既視感

ダイヤモンドプリンセス号が横浜に接岸した2月3日以来
コロナが身近な問題となってはや3か月が経過。

この間かつてなく疫学・医学の専門家の科学的な話を聞き、
PCR検査など対策の要点をそれなりに理解してきた。

それに対して政治家(主に自民党議員)の緩慢で忖度に溢れた
非科学的発言を繰り返す姿を見るにつけ事態の悪化を危惧していたのだが。

季節は既に初夏にさしかかったのに未だ国の体制は整わず
医療現場も厳しい状態が続き、PCR検査数などOECD37か国で
下から2番目の現状に失望するやら腹が立つやら。



PCR検査数の低迷について「本気でなかったことはない」との
首相発言を信じるとすれば「政府は無能」と自白したも同然だ。

そして「37.5度・4日間」は「基準」ではなく「目安」であり
あくまでも国民・保健所の「誤解」と言い切った加藤厚労相。

この人も先日までポスト安倍候補と言われていたことなど
笑止千万で、西村大臣も所詮おしゃべり好きの出たがり屋
だと聞けば国家への信頼感など持てるはずもない。

あれこれリーダー不在の政府の無能さを見せられるにつけ、
戦時下の日本国と日本人がかぶさって見えてくる。



現在のコロナ戦に向けての政府の動きや社会の変化は
既視感にとらわれるが、それはまさに戦時のこと。

誰が開戦を決めたかは未だに分からないこと、また終戦を
決意できなかったことなと、国の決定は「空気」が支配した故
との分析は日本人の本質を言い当てる。

今回の緊急時においてもリーダー不在のうちにいつのまにやら
クラスター退治と検査限定に拘り、間違っていることが分かっても
方向転換の断を下す人間などいない。

そして自粛警察が横行する社会を見るにつけ、大日本帝国国防
婦人会が幅を利かせたり、軍にすり寄る人間が多数いたことなど
人間の恐ろしさを思い起こさせる。

つまりコロナを敵にした現在の日本は、米国を敵にした戦時下の
日本そして日本人そのものだ。

国家にさほど期待などしていないが、いくら決断できない
とはいえ1年もたてば医療体制の構築を達成できるのでは。

取りあえずそれまでの間岩陰に隠れてひたすらコロナに
感染しないことを祈るしかない。



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母の月

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カーネーション、紫陽花、スズランと
我が家の小さな庭にも
花の季節が到来している。

一方花屋さんはと言えば昨秋の台風被害続いて卒業式のとりやめ
に直撃されて苦しい状況が続いているとか。

ということで稼ぎ時の「母の日」が近づきつつあるものの、
逆に予約殺到も予想されることから今月を「母の月」としての認識を広め
予約を分散させ売り上げ拡大をしたい意向のようである。

果たしてカーネーションは長い自粛生活で子供の勉強の遅れ
が気になる母親たちの心を和ませることが出来るのだろうか。



欧米では自粛緩和へと動き出したようだが、
この3か月のコロナ禍の教育への爪痕は大きい。

大学進学にあたりフランスのBaccalaureat、英国のA-level test、
ドイツのAbitur、そしてInternational Bacは学力試験がほぼ中止。

つまり論文の重視など例年と異なり様々な影響を受験生に
もたらすことになる。

日本においても受験生の授業は先行的に再開すると言われているが、
来春の試験はこれまでと異なり学力試験一辺倒から面接や内申書重視など
様々な工夫がなされるのか。



日本の学校は3月初めに一斉休校に突入し5月末まで3カ月に渡り
休業状態が続くことになる。

そんな環境下オンライン授業普及が語られていて私立では
かなり進んでいる。

しかし公立について言えば自治体間、家庭間のデジタル格差は明らかで、
さみだれ式に始めればこれが学力差を広げるとの反対論も
上がるなど簡単にオンライン化が進みそうもない。

ということで9月新学期への移行で問題を一気に解決いや
先送りしようとの提案がなされたりするが、明治初期より続く
教育システムの変革をやっつけ仕事でできるはずもない。

政治家の多くは歳費の2割カットを免罪符にステイホームで優雅に
暮らしているようだ。

世界がそして社会の変化が一気に加速するコロナ後を展望して
新しい国家ビジョンを考えればよいのに、と思ったり。



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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