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百歳人生

歴史学者ユバル・ノア・ハラリは人類の歴史と未来について考察し、
「サピエンス全史」そして「ホモ・デウス」と世界的ベストセラーを連発した。

前者においては人類の中でも最も弱い存在のホモ・サピエンス
が百獣の王となった理由を知恵と集団行動のたまものと断じた。

そして後者においては、人類は眼前に立ちはだかってきた飢饉、
戦争、疫病を克服した結果神に近づくまでに進化したとした。

もはや人類は「ホモ・デウス」と言っても過言ではない存在となり、
神の役割のみならず永遠の若さを手に入れようとしているとした。

実際過去100年で人類の寿命が倍になったが、さらに将来的に寿命が倍、
つまり150歳になった場合の世界を想像したりもしている。

ただ科学的に人類が150歳まで生きる可能性はほぼないので
余り心配する必要はなさそうではあるが。

平均寿命の延びは医療の進歩により、若くして
死ぬ人が少なくなった結果であることは明らかだ。

したがって人類の個体はせいぜい生きても100歳程度であることは
今後も変わらないだろう。

実際150歳まで生きることができるなら、70歳ぐらいで再度
新たなスキルを身に着ける必要が出てくるだけに厄介だ。

また結婚も2度、3度するのが普通となるだろうし、
これまでの価値観ではいろんな困難に遭遇することになるだろう。



目下のところ人生150歳は夢のまた夢であるが、100歳は現実的だ。

半世紀前まで「人生50年」が定着していたが、
今や自らの思考を「百歳人生」へと大転換する必要に直面している。

このような折80代半ばを超えた五木寛之の
「百歳人生を生きるヒント」を
読んだ。

それにによれば各年代について次のような生き方アドヴァイスを
しているので、列挙しておきたい。

60代は群れから離れじっくりと孤独を楽しむこと。

70代は大人の黄金期であり、新しいことに挑戦し、
学びの楽しさに目覚めること。

80代は死の影を恐れず自分ファーストで今日を生き、
明日のことは思い悩まない。

90代は妄想して回想世界に遊べ、と。

分かったような分からないような気がするが、
ともかく人生の先達の言葉を覚えておけば将来役に立つかも知れない。



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平成三十年

過日通産官僚で小渕内閣を支え、さらに小説家として「油断」「団塊の世代」
「平成三十年」など日本の近未来を
予測してきた堺屋太一氏が83歳で逝去した。

また大阪・堺の出身で橋下徹の大阪都構想を
理論的に支えた人でもあった。

この人は小説「平成三十年」において少子高齢化の進捗を
予測していたが、その人口減少の実態は小説の予想を
大幅に超えるものとして慨嘆していたという。

昭和の末期において日本は米国を抜いたかと錯覚に陥るほど
存在感を発揮したが、平成の30年間において想像を絶する凋落をしたのである。




そんな折野口悠紀雄氏の「平成はなぜ失敗したのか」を読んだ。

同氏は平成を1989年1月7日から2019年4月30日までの期間を
1990年代、2000年代、2010年代に3分割して考察している。

第1期はバブル崩壊期、第2期は円安期、第3期は
東日本震災とアベノミクスの時代と定義している。

第1期はバブル崩壊についてその対応が求められたが
実際は消費体質にどっぷりつかったせいで緊急を要した対応が
7年近く遅れてしまったことが禍根を残したとしている。

第2期については中国はじめ新興国の台頭の中で国内生産を海外シフト
すべき時であったはずなのに、時ならぬ円安に国内シフトへ逆流が進んだ。
おかげで日本が製造業・輸出立国に拘泥し投資立国への構造転換に失敗した。

第3期については東日本大震災により日本のインフラの脆弱性が
露呈されたにも拘わらずその対応が遅れたこと。

さらにデフレに対する対策として打ち出したアベノミクスもマネタリーベース
は増えたが肝心のマネーストックは増えず、結局経済活性化できなかった。

その結果先進国で進むIT化そして新興国での生産力向上と言った
世界的潮流に乗ることが出来ず埋没してしまった。



このように日本の平成30年間は失敗の連続であり、
「失われた30年」として位置付けられることになってしまった。

さすればあらたな御代に日本経済再生の芽があるのかと言えば、
急速な人口減少が進む中でその解決策
である移民問題もほぼ手つかず。

結局新たな御代は堺屋太一氏の遺言通り厳しいものになるに違いなく、
また現代を代表する経済学者の野口氏も有効な処方箋を提示できないのだ。

古今東西の歴史が示すようにピークを打った国が
再興するのは奇跡と言うほどに至難であり、
残念ながら日本もその例外ではないと言うことだ。


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世界のリスク

銀行時代からお付き合いしている倉都康行氏
から新著「危機の資本システム」(岩波書店)をお送りいただいた。

同氏は証券・資本市場の専門家としてロンドンそして
米銀で勤務したあと、この20年コンサルタントのかたわら
教鞭をとりつつ執筆を行うなど多岐に活躍されている。

今回の著書において、リーマンショックから10年が経過し
予想外の世界経済回復に安心感が広がっているが、
その風潮に対しリスクを検証し警告を発している。

具体的には米国金融システムの脆弱性、中国経済の混迷化、
通貨ユーロの弱体化、日本における財政不安と金融リスクなど
を指摘しているのである。



リスクは発生確率と影響度の大きさによりマトリックス化
することができる。

それでは発生確率が高くそして影響度が大きなものは何か。

倉都氏はそれは現下の米中貿易戦争のの拡大にともない
中国経済が不安定化することであるとしている。

11月後半のG20における米中首脳会談を前にして、目下米中関係の
改善が期待されているが、ことはそれほど容易ではなさそうだ。

米国は米中貿易戦争を経済問題としてではなく、
G2の覇権争いつまり安保問題ととらえている事による。

一方中国に目を転じれば、インフラ投資もゴーストタウンが広がるように
過剰投資と過剰消費で成長を実現するのはもはや限界だ。

また株価の底割れの可能性も捨てがたく、チャイナリスクは今や
発火寸前と言うところだろうか。





それでは発生確率が低くてもその影響度が大きいもの、
それはテールリスクと言われるものだが、倉都氏は
日本の財政・金融リスクの存在と指摘している。

すでに6年を経過したアベノミクスの集大成として
これからの3年が位置付けられる。

その間の最大の課題こそが出口戦略つまり異次元緩和からの
脱却と言うことだ。

いつまでも劇薬を使い続けることが出来るはずもなく
その副作用は日本経済の根幹を傷める。

すでにインフレ目標の2%など画餅であることは誰もが
認めるところであり、グローバルリスクが伝播した時の
円高を通じて日本経済が大打撃を受けることは避けられない。

つまり6年にわたる円安そして名目実効レートベースで見た
ドル高を見れば、次に来るのは未曾有の円高・ドル安だ。

その時に打つべき手がないことが日本そして世界経済の
テールリスクになるに違いないだろう。


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下山の思想

かつて東横線の白楽駅から歩くこと10分ぐらいの
丘の上に住んでいたことがある。

その道すがらには岸恵子の実家とともに、五木寛之が
住むマンションが建っていた。

当時「さらばモスクワ愚連隊」でデビューして以来超売れっ子だったが、
「青春の門」も読んでいないし、それほどのファンでもなかった。

ところが同氏が50歳前後に龍谷大学の学生として仏教を学んで以降
浄土思想に関する作品が増え馴染みができた。

「蓮如」や「親鸞」などの小説を書く一方で、高齢者への応援メッセージを
数多く発信する機会が増えたのである。

最近でも先月は朝日新聞でこの人の来し方や思想についての
エッセイが連載された。

さらに今月は文芸春秋の「孤独」特集において巻頭言として
「人間は生まれた時も死ぬときも一人」と言った内容を書いているのである。



と言うことでこの86歳の作家の人気の秘密を探ろうと、過去数年に書いた
「新老人の思想」「下山の思想」「ただ生きていく、それだけで素晴らしい」という
3冊のエッセイを流しながら読んでみた。

その内容は老人世代(この人は階級と呼んでいるが)に対して、
登山の後は下山があるのを当然として、下山の心構えを語っている。

その要諦は、「孤独」を甘受するとした上で「生き方」と
「逝き方」をやさしく語っている。

実際人間が必要とする絆について、その相手としての
友人に対して適正な距離を持つことを進めている。

また妻、家族に対しても同様で死ぬ時は一人である
覚悟を持つことが肝要としているのだ。



そして「逝くべき」適齢期については法然80歳、蓮如85歳、
親鸞90歳で死去したことを例に挙げ、それを理想としているようだ。

とはいえ宗教家は別として、現代社会における普通の人間には
経済的、肉体的、社会的制約がある以上それは難しいとしている。

つまりやみ衰えて寝たきりになる直前の75歳から80歳辺りが現実的そして
理想的な逝き時ではないか、と言うのがこの人の考え方のようだ。


TEN

楡周平の「TEN」を読んだ。

この作家は長く米国企業に勤務したのち文筆家となり
20にわたり犯罪小説そして経済小説を書いてきた。

日米を股にかける悪役ヒーローを主人公にした
ハードボイルド「Cの福音」がデビュー作。

そしてこれに続く朝倉恭平シリーズで軒並みベストセラーを連発した後
「和僑」や「プラチナタウン」などの話題作を世に送り出している。



今回の作品は横浜のドヤ街で育った主人公が戦後の
高度経済成長下において成功を収める痛快な話だ。

苦労を乗り越え胸のすくような活躍をするが、
同時に裏切りあり、ドン出ん返しありで飽きないままに話は進んでゆく。

戦後の社会の変化、ホテル業界の発展、そしてモデルとなった
プリンスホテルの蹉跌の裏側を知るのはなかなか面白い。



日本人は信長の草履とりから大出世した太閤秀吉のことがいたって好きだ。

この物語もまた主人公が料亭の草履とりをしていた時に
ホテルチェーンのオーナーに見出されるところから始まる。

そして中卒ながらオーナー社長の運転手として
ホテルに入社し、さらに正社員の末席に連なることになる。

時はまさにレジャーが日常化する直前で、このアイデア豊かな
主人公が空前の出世をする必要条件はそろっていたということだ。

小説とはいえ秀吉もどきの成功物語を読むのは楽しい。

ランチを2度抜いて2千円を出しても構わないというエンタメ小説
好きの方がおられたらお勧めしておきます。



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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