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あれから30年

常々月日の流れが早いのに驚かされることは多いが、
1989年11月10日のベルリンの壁崩壊から何と30年も
経過した。

記憶の中では現代的なトピックであったはずなのに
今やそれは歴史なのであるから本当に光陰矢の如しだ。

東西ドイツの統一は、富裕な企業が倒産寸前の企業を救済合併
するように西独が多額のコストで東独そして国民を吸収したのである。

流通する全てのオストマルクを等価で交換し、老朽化した施設を買いとり、
年金はじめ福祉制度を刷新するなど
祖国統一のために西独は膨大な費用を払ったのである。



しかしこの戦略はズバリと決まり、安い労働力を確保し、東欧への市場拡大
など「肉を切らして骨を断つ」ようにドイツ経済は飛躍的に成長することになった。

2000年以降は急成長する中国と蜜月関係を結び、上海や天津に
進出したシーメンスやフォルクスワーゲンがドイツ経済を牽引した。

さらに2005年に就任したメルケル首相が胡錦涛や温家宝そして
習近平とユーラシア大陸の絆を深めたのである。

しかし2021年の退任を前に様々な矛盾も露呈。

何よりも東西ドイツの経済格差が解消しないことに加え
積極的に受け入れた難民が治安の悪化のみならず
国家の分断を招いたことだ。



一方ドイツ経済に目を転じれば目下景気はマイナス成長に落ち込み
金利もマイナスに沈んだまま。

つまり欧州の盟主そして優等生が日本化してしまったのである。

具体的にはドイツを代表してきた自動車産業と金融業がリスクとなった。

フォルクスワーゲンが燃費の不正表示で味噌をつけ、さらに
クリーンディ―ゼルに拘り世界の潮流であるEV(電気)やHV(ハイブリッド)
への流れに乗り遅れたこと。

そして金融については日本同様マイナス金利の直撃を受けている。

ただ日本は地銀が疲弊するものの大手行が安定的に推移しているのに対し
ドイツ銀と言う世界最大手が苦境にあることがドイツ経済の深刻度を物語っている。

米国からの輸入関税そしてブレクジットによるEU市場の縮小
を前にしてドイツはどのように復活するのだろうか。




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スーパー・マリオ

20世紀の代表的キャラクターは何と言ってもウオルト・
ディズ二ーのミツキーマウスだろう。

そのデビューは1928年と言われており、95年間保護される
著作権は米国において2023年に切れる。

ということで間もなく争奪戦のフィーバーが訪れると言うのがその
世界では常識らしい。

ではこのIT時代にミッキーに迫るキャラクターはと言えば
任天堂のスーパー・マリオか?

世界中のゲーム好きの子供の間でマリオの存在を知らない者はいないし、
その認知度はミッキーをすでに凌駕しているかも知れない。



それでは金融界のスーパー・マリオは誰かと言えば
ECBのドラギ総裁だ。

同氏はイタリアの財務省にいた1990年代に通貨危機で手腕を
発揮し、「スーパー・マリオ」と呼ばれるようになった。

その後イタリア中銀総裁さらにドイセンベルク、トリシェに次いで
第3代ECB総裁に就任し、この8年間、ユーロ防衛に努め今月末で退任する。

その間ギリシャはじめ南欧諸国の債務危機や様々な通貨危機に
直面する中で「何でもする(WHATEVER  IT TAKES)」を有言実行した。

金融緩和そして重債務国の債券購入プログラム(TLTRO)を発動するなど
時には金融政策に止まらず領空侵犯をしては奮闘した。



その実績として挙げられるのは何と言っても高失業に苦しんでいた
欧州に雇用を1100万人ももたらしたこと。

一方インフレ率については8年間の平均は1.2%と目標の2%を
達成することはできなかった。

とはいえ米日も同様にデフレ化で苦しんでいる状況を見れば
十分にやったと合格点をもらえるかも知れない。

11月1日からはIMF専務理事を務めたラガルド氏が就任する。

ただしドラギ総裁が振り回した伝家の宝刀「WHATEVER IT TAKES」は
乱用しないとのことだ。

果たしてユーロは安定を維持できるのだろうか?



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Prince of Wales

「即位礼正殿の儀」は200か国近い海外から賓客を迎え
行われた。

5月の連休で一連の行事が終わったような気がしていただけに
今更と言った感もあり、改めてお祝いを強制されているような気にもなった。

国事行為ではあるものの天皇家の代替わりの私的イベント?に
国民が巻き込まれたと言ったところかも知れない。

とはいえ即位の瞬間に虹がかかったとか、アッキーの膝丈コスチュームが
場違いだとか、翌日の御茶会に上皇・上皇后がなぜ出席したとか
様々な話題を提供しつつも無事終了したのである。

それにしても体調を憂慮された雅子皇后が重要な儀式を
完投できたことは何よりだった。



そんな賑やかな儀式の中でチャールズ英国皇太子の年老いた
姿が目を引いた。

30年前にもダイアナ妃とともに参加していた映像を見るにつけ
歳月が過ぎさるのは早いものだと思う。

ちなみにチャールズは次期英国の国王を意味するPrince of Walesと尊称される。

これは「ウエールズの王子」と直訳するよりもウエールズの「君主」と言った
ような存在と解釈するのが正しいとか。

実際晩餐会の翌日皇太子はワールドラグビーで4強に残った
ウエールズの激励に都内のグランドに向かった。

4強にはイングランドも勝ち残っているが、やはりウエールズ
の応援に行くのが英国的には道理ということらしく、お陰で
英国の理解が深まったような気分だ。



それでは肝心要の本国はと言えば、10月末に予定されていた
ブレクジットを見据えエリザベス女王が招集した議会で僅か3日間の
スピード審議が行われた。

結局ボリスジョンソンの思惑通りにことは進まず、議論が尽くされることに
なり、最終的には12月半ばに総選挙を行う方向だ。

これだけ百家争鳴・離合集散が続くカオス状態の議会を
見ていると、最終着地点は見えない。

お陰で楽観悲観が交錯して英ポンドは乱高下を続けているが、
今は少し楽観ムードが勝っているか。

ともかく英ポンドには手を出さないと固く誓って3年、
高見の見物をするにしくはなしだ。



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聖週間

キリストの受難と死を偲ぶ聖週間に続いたGOOD FRIDAYそして
EASTER MONDAYは日本を除く大方の国際金融市場で休場となった。

日本と比較して高緯度にある欧州ではこのEASTER(Paque)こそが
春の訪れを告げる時であり、祝祭気分が一層盛り上がる。

それでは仏教徒が大半を占める日本は無関心かと言えば、
クリスマス同様年々イースターを寿ぐようになりつつあるように見える。

特に10連休を控えていることもあり、今年は一段と市場は
休暇ムードを高めている。

実際無宗教の筆者も卵を形どったチョコレ―トのおすそ分けを
賞味したりしているのだから、日本そして日本人は案外異文化
を受容するのに長けているのか、いい加減なのか。

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欧州に比べて春が早い日本ではすでに梅、桜が終わり、
さらに次から次へと様々な花が咲いている。

今日一日でもハナミズキ、藤、そしてスズランなどを
見つけては、足を止め思わずシャッターを切った。

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中でも特筆されるのが我が家の小さな庭の鉢植えに
可憐で純白の花を咲かせたスズランだ。

フランスでは5月1日のスズランの日(Jour des Muguets)には幸運のお守りとして
スズランを贈る習慣があるようで、この時期には花屋さんの店頭に数多く並んでいた。

と言うことでスズランの可愛い花はフランスの良き思い出とも重なる。

しかしこのところのテロ、黄色いベスト運動さらにはノートルダム大聖堂の
火災などの事件や破壊活動ばかりが報道されては胸が痛むことが多い。

ひょっとして日本での報道にバイアスがかかり過ぎているのではないだろうか・・・・



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栄枯盛衰

4月12日に迫っていた英国のEU離脱について、
EU首脳会議は10月31日への延長を決議した。

英国の惨状を踏まえトゥスクEU大統領は1年の延長を提案して
いたが、事態の好転を余り期待できない現状、拠出金の支払を求める一方で
半年の時間的猶予をメイ首相に与えることで決着した。

実際「合意なき離脱」となれば英国経済はGDP3.5%減と
大きく毀損されることになる。

またEU経済も0.5%程度のマイナスと返り血を浴びるとの見通しもあり
それを回避したかったということだ。

とはいえ6か月延長されても英国内で意見が集約される保証はなく、
英国は「大英帝国」の終わりの終わりに直面して断末魔の議論紛糾が
続くことになるだろう。



それにしても大英帝国の繁栄はローマ帝国に比肩するものであり
それ以上の輝きを見せたとも言える。

特にビクトリア女王の在位67年(1834~1901)に最盛期に達し、
人口・領土ともに世界の1/4に達した。

19世紀後半はドイツ、米国が台頭してきた時期でもあるが、インド帝国を
はじめとする植民地経営の拡大はそれを上回る成長をもたらし、
トーマス・クック社が大繁盛したように英国人の旅行熱は沸騰していた。

その隆盛ぶりは世界史において類をみないものだったが、
その衰退もまた坂道を駆け下るように早かった。



その繁栄の終わりを象徴する出来事としては、
①1931年のウエストミンスター憲章制定(英連邦自治領への外交権の付与)
②1944年のブレトンウッズ会議(基軸通貨が英ポンドから米ドルへ移行)
③1957年のインド・パキスタンの独立
などが挙げられる。

つまりナショナリズムの台頭による植民地主義の限界や米国の経済・
軍事力の台頭などによりに帝国の終わりは加速されたのである。

実際植民地を失えば人口7千万人弱の島国に過ぎず、経済力、軍事力、
金融力などにおいて世界を支配することが不可能になったことは明らかだ。

それから半世紀余り、現状世界5位のGDPを確保しており、またかつての
栄光や外交的遺産もあり一定程度のプレゼンスを維持している。

とはいえ今回EU離脱となればいくら英連邦の結束を固めるなどと
言っても絵空事に終わるだろう。

国家の栄枯盛衰は歴史の必然ということだ。


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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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