サントノーレ

梅ヶ丘駅北口に「KAWAMURA]という洋菓子店がある。

かつてテレビの対談で女優の南果歩がこの店の
ケーキをお土産に持参して番組内で宣伝していた。

なるほどそのテイールームは窓が大きくて、気持ちが良い。

しかし持ち帰りなら何といっても南口の「アルパジョン」だ。

オシャレで人気のこの店はお客は引きも切らないし、
外からウインドウを覗くだけでも楽める。


(サントノーレ)

この夏はショートケーキはじめ桃を使ったお菓子が
主役の座を占めていた。

しかし9月に入りお菓子の顔ぶれも秋めいて
「サントノーレ」が登場した。

このお菓子は小さな3つのシュークリームが上に乗っているもので、
生クリームやカスタードなどがふんだんで特に女の子に人気。

このお菓子はプルーストの「失われた時を求めて」にも登場するが、
100年余り前のパリ・サントノーレ通りで売られていた人気商品だとか。



プルーストはどうやらお菓子が好きだったようで、この15巻に上る小説自体
紅茶と貝殻をかたどった焼き菓子プチ・マドレーヌを味わうことで
昔の記憶がよみがえり物語が始まる。

このように風味による記憶などを「意志的記憶」と対立する概念として
「無意識的記憶」というようだ。

これからの季節サントノーレやモンブランを食べながら、
昔の特に秋の懐かしい記憶をよみがえらせるのも一興か。







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夏の思い出2

9月も中旬に入り日差しも弱まりめっきり秋めいてきた。

とりわけ朝夕の涼しさは格別で、寝苦しい夏の夜の
記憶も遠くに去った。

最近ラジオの教養番組を聴いたことはないが、
フランスの放送局アンテールでは毎夏モンテーニュ、ボードレール、
ユーゴ―などを特集してきたとか。

2014年の夏は8週にわたり「失われた時を求めて」の著者マルセル・
プルーストが特集され、研究家や哲学者・文学者たちが各週5日、
それぞれが「時間」「愛」「芸術」「場所」などについて話した。

その内容を一冊にまとめた「プルーストと過ごす夏」を手にした。

この夏に思い立ってプルースト全7篇・15巻を読み始めたが
理解が少しでも深まるように、この解説書に手を伸ばしたのだが、
改めてフランス知識人のプルースト考に新鮮な驚きを感じた。



フランスでも「失われた時」の読者は多いが、第一篇「スワン家のほうへ」のうち
第二篇「花咲く乙女たちのかげに」を買い求めるのは半分で、このうちさらに
半分だけが第三篇「ゲルマントのほう」に進むとのことで読者数は等比級数的に減少して行くそうだ。

ただそれからあとは挫折する読者はおらず、「ソドムとゴモラ」「囚われの女」
「消え去ったアルベルチーヌ」を経て最後の「見出された時」に大方は辿りつけるという。

筆者はこれから第三篇に入ろうとするところで、まだまだ挫折組になるかも
わからないが、この哲学書のような文学書のような
教養の書の最後まで到達できればうれしい限りだ。



この書はプルーストの畢生の一作で、テーマは多岐にわたっているが
題名が言う通り「時間」は大きなテーマ。

時が我々の上をどのように過ぎていくのか、時が我々をどのように
変容させるのか、また我々がどうやって時を引き留めることができるのか。

目に見えない時というものの実態を言葉で書き写したいという
著者の意欲は我々の時に対する様々な疑問、人生への思いをつまびらかに
してくれるようだ。

その手がかりとしてコンブレ―で過ごした子供の時代へ回帰し、さらにバルベックでの
青春時代、そしてパリでの大人の時代と話しが進んでゆく。

もちろん「愛す」よりも「愛されたい」との欲求が強く勝る、つまり異性よりも
同性を愛する性癖をもつ著者の実体が
様々に現れてくるのではあるが。


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プルースト

20世紀のフランス文学を代表するマルセル・プルーストの
「失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu)」を読み始めた。

全15巻の大作でいつか暇になったらと先延ばしにしてきたが、
フランスゼミで9月に第9巻が課題作となっており思いたったのだ。

第1巻はマドレーヌと紅茶の香りに幼少の頃の記憶が蘇るところから
始まるのだが、まだ甘えたでママ(マモン)にお休みの接吻をねだるころの思い出だ。

舞台はコンブレーという小さな架空の町だが、当初はパリ西方のシャルトルの
付近とされていたが、再版ではシャンパーニュ地方ランスの傍へと設定が変えられた。

プルースト自身はオスマン通りとマルゼルブ通りが交差する
サン・オーギュスタン聖堂のそばを転々としていたとも聞く。

筆者としてはこの界隈で働いていたのでなじみが深く
今後の展開を楽しみにしておきたい。



この小説は1913年から27年にかけて出版されており、
1880年代や90年代辺りが時代背景となっているようだ。

したがって、当時のプルジョワジーの暮らし、思考、嗜好などが
詳細に描かれている。

さらに哲学者が文学を書いたと言われる通り、全編を通して
プルーストの文化への造詣の深さそして彼の思想が随所に現れている。

とくに絵画、音楽など幅広く知悉しており、さらに食事やお菓子はもちろん
家具、台所用品に至るまでその知識の豊富さは秀逸だ。



ともかく第1巻が終わり第2巻に入ったが、舞台もパリへと移り
目下恋愛が主要なテーマとなっている。

プルーストは同性愛的であったと言われるだけにどんな
恋愛論が語られるのか興味のあるところだ。

ともかく先は遠く果たしていつ読み終わるのか?

この訳者によれば2日で1冊、つまりひと月あれば読み通せるとしているが、
そんな言葉を信じる気にもならないのが実情だ。

その読後感を一年後ぐらいに披瀝できれば幸いと
考えている次第だ。


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ナナ

6月のフランスゼミのテーマはエミール・ゾラの「ナナ」。

写実主義と言えばバルザックなどが主にブルジョアを描いたが
自然主義の代表のゾラは社会の底辺で暮らす人々にフォーカスした。

この作品は1879年に出版され日本にもその評判は伝わり
子規もエッセイに書き、特に永井荷風は強く影響を受けた。

荷風は1907年頃横浜正金の行員として
1年間リヨンで遊び、その時に強く感化されたようだ。



この小説は女優であり高級娼婦であるナナの
16歳から19歳の死去するまでの奔放で短い人生を描く。

実際3歳の子供を里子に出し(その父親は50歳以上だったようだ)、
オスマン通りのハンガリー人のパトロンにもらった家には
多くの貴族から少年までが通ってくる。

当時のパリは人口50万人余りで娼婦は4万人もいたとされ
その最上級に位置するのが高級娼婦と言われる人々。

その高級娼婦にもクルティザンヌ( Courtisane)とドゥミ・モンド(Demimonde)の
2種類があったようで、前者は宮廷につかえる女性と言う意味で、ルイ15世の愛妾・
ポンバドール夫人などもそれに入るようだ。

そしてナナは様々な男を手玉にとってその世界でどんどんのし上がって行く。

その魅力に多くの男が財産を失うことになるが、そのナナの姿は
まさに第2帝政(1852年から1870年のナポレオン3世の時代)
における文化爛熟の象徴的存在と言ったところだ。



小説はナナの天然痘による「グランドホテル」での病死で終わるが
一流ホテルでの死亡はある意味で彼女の成功を示唆しているともいえる。

しかしその死顔の醜さについてのリアルな描写はこの小説に
一環して通じるもので自然主義文学の代表作にふさわしいと言ったところだ。

とはいえ700ページの大作はちょっときつかった。



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セリーヌ



代田で行われているフランスゼミに月1度通いだしたが、
その往復に通る羽根木公園は強い陽射しに新緑が映える。

今月のテーマはルイ・フェルデイナン・セリーヌの「夜の果てへの旅」。

その自伝的小説は俗語、卑語にあふれた文章で読み辛く、
著者は医者で文学者ではあったものの下層階級出身で
そのせいか世を斜にみる人だったようだ。

第一次世界大戦で負傷し、その後西アフリカの植民地へ、さらに米国の
フォード社での労働などその前半生は苦労に満ちあふれていたようだ。



1932年に本作で文壇にデビューし、10歳年下のサルトルや
ボーボワールが傾倒したが、往復書簡によると彼らを歯牙にも
かけず手厳しく批判している。

反軍国主義、反国家主義、反権威主義、反植民地主義、反資本主義を
標榜するセリーヌの登場にフランスは全土を挙げて熱狂した。

いまもプルーストを筆頭に、カミュ、カフカ、サンテッグジュペリに次ぐ存在
として20世紀を代表する作家に挙げられていると言われる。

しかし正直な感想としては、あまり読みたくない作品であり、
親しくしたいと思わない作家と言えよう。

ともかくゼミの後は口直しに
下北沢はラ・ベファーナでのランチ会にも参加した。

いたって談論風発でどうもゼミでの文学論よりもここでのお喋りが
皆さんのお楽しみであるようだ。




プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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