10日間のパリ

先日、日経新聞の文化欄に画家の野見山暁治氏が
「10日間のパリ」と題してエッセイを書いていた。

この人は、文化勲章をもらった96歳の大家で、
かなり逡巡した後、パリへ10年ぶりで旅をしてきたという。

足が弱っているだけに、少し大変だったということではあるが、
90代で大旅行を思い立つとは驚きを禁じ得ない。



この人は1952年から12年間ルクサンブール公園のそばで
暮らしていたと言い、そこは安逸を楽しめる隠れ家だったとか。

「昨日凭れていたベンチを見つけて、そこに座り込んだつもりだが、
実は60年余りもの歳月が流れていたことに気づく。

周りの見える景色が変わらなければ、時間はとまったままだ」。

当時遅れてパリにやってきた夫人が在仏1年で病死し
その妻の思い出と合わせて、30代の若かりし頃が鮮明に蘇るようなのだ

このように90代でも、いや90代だからこそか、人間は空想と思い出に
遊ぶことができるのも、年の功と言うところかも。



さらにこの大家は、ピカソ美術館にも足を運んでいる。

するとかつてモンパルナスの画材屋でピカソと出くわした思い出が、
さらにサンクルーの森に出かけると、レオナール・フジタ邸を訪ねた時の
記憶が鮮明に蘇るとも言う。

つまり年をとっても、案外心は若かりし時代を
浮遊することが可能なのだ。

それはパリという街の魅力か、それとも人間誰しも年をとっても、
いや年をとればとるほど楽しく暮らせるということか。

とすると80代どころか、90代を生きるのも案外悪いことでは
ないのかも知れない。

確かに100歳を超えた人は幸福度が高いと言うではないか。
長生きすることを余り怖がらないでも良いかも知れない。




.
スポンサーサイト

美の旅人

秋晴れの一日丸ノ内へ出掛けた。
目的地は三菱一号館美術館のカフェ1894でのランチ。

レンガ造りの外装に明治の頃の様式で内装されており
美術館帰りの人々で賑わっていた。

久しぶりに友人からビジネス最前線と丸の内界隈の街情報を
教えてもらって有意義なひととき。


(丸ノ内の庭園)


(三菱一号館)


(1894カフェ)


(ランチ)

現在三菱一号館美術館ではプラド美術館展が10月10日から始まり
(1月末日まで)、相当混雑しているようで今回は見送り。

かつて伊集院静が雑誌に「美の旅人」を連載していた。

その後書籍化されたが、世界名画を訪ねての旅紀行で
その中にマドリードのプラド美術館を中心としてカスティーリア・
アラゴン地方の絵に関わる故地を訪ねていた。

マドリードから2時間ほど離れた古都トレドについても書かれていたが、
かつての夏マドリッドから足を伸ばした記憶が甦る。

この編で取り上げられた画家は、ゴヤをはじめ、ベラスケス、グレコ、
ムリーリョ、リベラなどプラドに名品を残した画家達が主体。

そして、ピカソのゲルニカもあった。

洋の東西を問わず画家で長生きする人は多いが、なかでもゴヤは、
新しい国王が誕生しその恐怖政治に危機を感じて、ピレネーを越えて
仏のボルドーに移り住んで、そこで82歳の生涯を終えた。

宮廷画家への道のりや妻が20回も懐妊したと言われる波乱万丈の人生は、
堀田善衛の「ゴヤ」に詳しいらしいが長編であるようで読むかどうかは将来の課題。

とりあえず伊集院静の「美の旅人」の各巻を読んでみることにしようかと思う。


.

イコン

イコンと言えば、まずF.フォーサイスの小説「イコン」を
思い浮かべる。

これは1999年刊行の近未来小説で、エリツィン死後の
ロシアで熱狂的な国民の支持を受けて登場した極右の指導者を軸に
様々な陰謀、暗殺が起きる手に汗を握る作品だ。

2000年にプーチンが登場して15年、読み返すのには良い
タイミングかとも思うが、本日のテーマは小説ではなく美術の話。



先日3.11の追悼番組の一環とした日曜美術館で
イコン画家の山下りんの生涯と作品を取り上げていた。

この人は安政年間に茨城県笠間に生まれ、明治に入り画を学び
サンクトぺテルブルクに5年間留学する。

ラファエロのような絵を勉強したかったりんにとって、
イコン画家としての修行は馴染めず、2年で帰国する。

因みにイコン(英語 Icon:ギリシア語:エイコーンεικών, )は、
キリスト(ギリシャ語ハリストス)、聖人、天使、聖書の出来事などを
画いたもので、多くの場合正教会の関連である。



山下りんはかつて嫌ったイコンを御茶ノ水の
ニコライ堂奥深くにおいて終生神の為に描いた。

司馬遼太郎は「街道を行く(33)、奥州白河・会津の道」において、
山下りんのイコンがある白河ハリストス正教会を訪問している。

りんの作品は東北地方の白河、石巻そして仙台の
正教会に数多く残された。

東北地方と正教会との関係は、戊辰戦争で敗れた
奥羽越列藩同盟の多くの武士たちが函館ハリストス教会で
洗礼を受け帰郷したことに始まるとか。

このように明治政府に受け入れられなかった人々により
東北全域に正教が広がり今日に至った。

次回の東北旅行は石巻と白河のハリストス正教会を
目指すのも一興か。



.

巴水

1月5日(月)晴れ。

仕事始めの今日、「商売繁盛」「家内安全」を祈願すべく
乃木神社に参詣。破魔矢を頂いた。

土地柄サラリーマン、OL風の人が多かったが、
商売繁盛の効能があると言われる神田大明神の
大混雑と比較すれば人出は少ない。


(乃木神社)

続いて、「川瀬巴水(はすい)」の
回顧展に日本橋高島屋へ。

年末の日曜美術館でこの版画家の特集をしていた
ことから、それに誘われた人が多かったようで
とても混んでいた。

巴水は旅に出てはスケッチをし、東京に戻っては版画を作る
暮らしを続け、木版画600点を越える作品を残した。

「東京二十景」や絶筆「平泉金色堂」など
大正から昭和初期にかけての日本を再発見させる
作品群は郷愁を感じさせてくれた。



「昭和の広重」とも言われるようだが、広重や
北斎と比較するのは少し無理があるような気がした。

ただ74年の生涯を通じ、全国の美しい風景を
探す旅を続けたことは羨ましい限りだ。

筆者は絵は画けないが、美しい風景を求めて
全国を旅したいと思う。



..

曼珠沙華

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので
秋彼岸を迎え過ごしやすい日々となった。

テレビのローカルニュースでは、埼玉県から
彼岸花こと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の映像が届けられた。

曼珠沙華の花は、すくっと伸びた茎、そしてその先に無数の花弁が燃える。

この花の情熱的な風貌を、30年も前に山口百恵が
曼珠沙華(ここでは、まんじゅしゃか)と歌った。



「悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる」  山頭火

華々しく咲き、華々しく枯れゆく曼珠沙華の姿に、何を思ったのか。

酒と女の失敗の連続に、恥多い人生を送った山頭火が
赤く燃える曼珠沙華を眺め、自分を悔いつつ詠んだ句と解説される。



物を思う余裕の出来る季節の到来は嬉しいものだ。

余りの暑さに忘れていたが、ゆっくりとソファに寝そべり
読書しながら音楽を聞く余裕をとり戻した。

久しぶりに聞いたのがショパン。

そのひとつがノクターン第8番。

新鮮な感動をどのように表現して良いか分からないので、
小説「いつまでもショパン」(中山七里)の一節を拝借する.

「窓辺で夜空を見上げながら恋人を想う情景が浮かぶ。

 左手で跳躍を含む大きな分散和音の伴奏をし
 右手で甘く優美な旋律を作っていく。

 半音階を多用した流れるような和声進行。

 中間部も変イ長調ではじまるが、ここでも静と動が絡まり合う。

 (中略)

 甘美な喜びと感傷を交互に繰り返しながらやがて眠りに
 落ちるように曲を終わる。」


文化そして芸術の秋が始まった。








.
プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR