FC2ブログ

百寿展

日本を代表する女流画家と言えばやはり上村松園だろうか。

それに次ぐのが箱根駒ヶ岳をテーマにした片岡球子、
シチリア・タオルミーナに居を構えて古代劇場やエトナ山を
描いた三岸節子などが挙げられるだろう。

さらに加えれば今年百歳を迎えた日本画の堀文子。

1918年生まれで昨年「白寿記念」の展覧会を神奈川県立近代美術館葉山で、
そして現在韮崎大村美術館で「百寿記念」が開催されている。

その作品については数年前箱根・成川美術館でかなりのコレクションを
見たが、その題材は花鳥風月からトスカーナなど世界の風景におよび
何よりも色使いが鮮やかそして華やかなのが特徴だ。



堀文子の人となりについてはこれまで知らなかったが、
この間同画家が90歳の時に書いた自叙伝「ホルトの木の下で」
を読み、大正・昭和・平成を生きた足跡と活動的な人生に驚いた。

父親が堺の豪商の流れを汲んだ西洋史の学者で、生まれたのは
平河町(現在の麹町)の2000坪の邸宅だったようだ。

つまり今のニューオオタニや国会議事堂辺りの雑木林が庭にあるような
邸宅に住むお嬢様だったが、その後第五高女から女子美に進んだ。

青春時代は帝都の中心で2.26事件、関東大震災、そして戦争へと続く
昭和史の激動の中で生き、戦後は没落する一族を支えた。

お嬢様として生まれてもその人生はまさに破天荒。



この人の人生は「一所不住」と言われるようで、平河町に始まり
世田谷・喜多見、成城、青山、葉山、大磯、軽井沢、トスカーナ、
パリと移り住んだ。

さらにマヤ、インカ、アマゾンなど世界中を放浪しては
自然をはじめ様々な風景を求めて歩いた。

生々流転の人生を歩むのは人の常だが、それにしても
お嬢様生まれながらその後の生き方はダイナミックの一語につきる。

ということで早速ノーベル賞学者の北里大・大村特別栄誉教授が韮崎に
作った美術館へ「百寿展」を見に出かけたいと思っているところだ。




.
スポンサーサイト

千住博美術館

20180820131701a07.jpg


20180820131752969.jpg


暑い東京を避けて軽井沢に来た。

ところが丁度北からの高気圧が張り出し北海道では初雪が降り、
志賀高原の熊の湯でも2度を記録し、軽井沢も朝夕は寒いほど。


避暑の有難みが減じたものの、散策するのにとても快適な気候となり、
一日7千歩の目標を軽くオーバーしたのである。

2018081917192733d.jpg

(千住博美術館)

そして千住博美術館に足を伸ばした。

建物は西沢立衛氏の設計によるもので、自然の傾斜を利用して
階段のない傾斜をつけた床、さらに4か所の中庭から採光している。

一方展示作品は水、星空、鹿など40点ほどで
その中心はライフワークとなっている「滝」の静物画と動画。

円形の部屋には大きな滝の絵が2枚展示されており、それは
オランジュリー美術館のクロード・モネの「睡蓮」の一室を彷彿させる。

邪推するに同氏の目標は生きている間に著名画家となったクロード・モネに
並ぼうと言うところだろうか。



千住3兄弟と言えば長兄・博が日本画家、次兄・明が作曲家、
妹・真理子がヴァイオリニストと著名な芸術家一家。

したがってその母である故・文子氏は教育評論家として晩年
各方面から引っ張りだことなっていた。

芸術とは程遠い我が家としてもその秘訣を拝聴すべき
だったのかも知れないが、やはり遺伝と言うことだろう。

どちらにしても今更遅い。



.

織部

5月20日(日) 晴 21度

昨日までの熱気が去ってさわやかな朝を迎え
勇躍下北沢へと散策に出かけた。

緑道は透き通った光に新緑が映え、さらにアジサイも
咲き出して雨の季節までの一時の爽快感に溢れている。

201805201141447c7.jpg

(北沢緑道)

201805201142083b4.jpg


下北沢は若者のそして猥雑な街との印象は拭えないが
そのはずれに織部焼のブティックを併設した喫茶「織部」がある。

知る人ぞ知る静かな空間ではゆっくりと陳列された織部焼を鑑賞しながら、
織部に注がれたコーヒーを味わうことができる。

20180520114307e05.jpg


織部は美濃焼の一種と言われるように秀吉の臣下であり
利休の弟子であった古田織部の指導の下で岐阜県の土岐市に
おいて作られたそうだ。

その単調な図柄と青緑色もしくは黒色が特徴と言われるようだが
慶長年間に普及したものの江戸時代以降は余り広がらなかった。

ちなみに10年前に直木賞を取った山本兼一「利休にたずねよ」
において古田織部が登場するが、利休の弟子として
師匠に対し秀吉に妥協することを進めるのだが。

謎解きを楽しめるよくできた小説だったが、海老蔵と団十郎の最後の
親子共演となった映画はいまいちの出来だったのは残念。

ともかく「織部」にまつわるかすかな記憶を辿りつつ
静かな日曜日の朝を過ごしたのである。


.

10日間のパリ

先日、日経新聞の文化欄に画家の野見山暁治氏が
「10日間のパリ」と題してエッセイを書いていた。

この人は、文化勲章をもらった96歳の大家で、
かなり逡巡した後、パリへ10年ぶりで旅をしてきたという。

足が弱っているだけに、少し大変だったということではあるが、
90代で大旅行を思い立つとは驚きを禁じ得ない。



この人は1952年から12年間ルクサンブール公園のそばで
暮らしていたと言い、そこは安逸を楽しめる隠れ家だったとか。

「昨日凭れていたベンチを見つけて、そこに座り込んだつもりだが、
実は60年余りもの歳月が流れていたことに気づく。

周りの見える景色が変わらなければ、時間はとまったままだ」。

当時遅れてパリにやってきた夫人が在仏1年で病死し
その妻の思い出と合わせて、30代の若かりし頃が鮮明に蘇るようなのだ

このように90代でも、いや90代だからこそか、人間は空想と思い出に
遊ぶことができるのも、年の功と言うところかも。



さらにこの大家は、ピカソ美術館にも足を運んでいる。

するとかつてモンパルナスの画材屋でピカソと出くわした思い出が、
さらにサンクルーの森に出かけると、レオナール・フジタ邸を訪ねた時の
記憶が鮮明に蘇るとも言う。

つまり年をとっても、案外心は若かりし時代を
浮遊することが可能なのだ。

それはパリという街の魅力か、それとも人間誰しも年をとっても、
いや年をとればとるほど楽しく暮らせるということか。

とすると80代どころか、90代を生きるのも案外悪いことでは
ないのかも知れない。

確かに100歳を超えた人は幸福度が高いと言うではないか。
長生きすることを余り怖がらないでも良いかも知れない。




.

美の旅人

秋晴れの一日丸ノ内へ出掛けた。
目的地は三菱一号館美術館のカフェ1894でのランチ。

レンガ造りの外装に明治の頃の様式で内装されており
美術館帰りの人々で賑わっていた。

久しぶりに友人からビジネス最前線と丸の内界隈の街情報を
教えてもらって有意義なひととき。


(丸ノ内の庭園)


(三菱一号館)


(1894カフェ)


(ランチ)

現在三菱一号館美術館ではプラド美術館展が10月10日から始まり
(1月末日まで)、相当混雑しているようで今回は見送り。

かつて伊集院静が雑誌に「美の旅人」を連載していた。

その後書籍化されたが、世界名画を訪ねての旅紀行で
その中にマドリードのプラド美術館を中心としてカスティーリア・
アラゴン地方の絵に関わる故地を訪ねていた。

マドリードから2時間ほど離れた古都トレドについても書かれていたが、
かつての夏マドリッドから足を伸ばした記憶が甦る。

この編で取り上げられた画家は、ゴヤをはじめ、ベラスケス、グレコ、
ムリーリョ、リベラなどプラドに名品を残した画家達が主体。

そして、ピカソのゲルニカもあった。

洋の東西を問わず画家で長生きする人は多いが、なかでもゴヤは、
新しい国王が誕生しその恐怖政治に危機を感じて、ピレネーを越えて
仏のボルドーに移り住んで、そこで82歳の生涯を終えた。

宮廷画家への道のりや妻が20回も懐妊したと言われる波乱万丈の人生は、
堀田善衛の「ゴヤ」に詳しいらしいが長編であるようで読むかどうかは将来の課題。

とりあえず伊集院静の「美の旅人」の各巻を読んでみることにしようかと思う。


.
プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR