ケネディ家の故郷

J・F・ケネディがダラスで暗殺されたのは1963年。
それ以降もロバート、エドワード兄弟など
ケネディ家の米国政界における存在感は絶大だ。

王室が存在しない米国においてはセレブリテの
代名詞でもある。

シュワルツネッガーがカリフォルニア州知事へと
転進できたのも、夫人がJFKの姪であったことが大きい。

ケネディ家と言えば、戦死、暗殺、事故死など
悲劇の歴史でもある。

かつて大統領の葬儀の模様が世界に流れた時、
余りにも幼く可愛いい姉弟の映像に世界は涙した。

将来の大統領候補として期待されたJFK・ジュニア。
長じてはマドンナとも浮名を流すなど格好良く、
米国民の期待の星となっていた。

12年前、ロングアイランド沖で自家用機が行方不明となり
国中大騒ぎとなったが、墜落が確認され米国は喪に服すことになった。

2年前、姉キャロラインがヒラリー・クリントンの後釜として
NY州の上院議員に立候補を宣言し表舞台に登場。

マスコミは喜び、多くの人が歓迎したのだが、
政治経験不足を衝かれ途中で断念する事になった。
「ケネディ王朝」ももはや終りかもしれない。

このケネディ家はアイルランド移民である。
19世紀初頭には米国の人口の半数をしめたと言う。

英国の植民地政策の下での苦労が多くの人々を
新大陸への移住に駆り立てたのだ。
レーガンやクリントンもアイルランド出身である。



そのアイルランドだが、米国からの投資などにより
目覚しく経済成長を達成してきた。

しかしサブプライムローン問題が発生して
成長モデルは行き詰まった。

低成長に高失業率。国家財政は破綻寸前。
国債の買い手は乏しく、金利水準は11%に高止まり。

EUにおける経済規模は極めて小さいものの問題国となった。



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プロフィール

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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