百年の後

1914年6月28日に第一次世界大戦の引き金となった
サラエボ事件が発生した。

当時のオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント
大公夫妻がスラブ系共産主義者に射殺されたものである。

これを機に、墺はセルビアに宣戦し、独・墺・オスマンVS三国協商
(英・仏・ロ)に米国などが加わり4年に渡る大戦が続く。

900万人の死者が出たが、同時に
13世紀に始まったハプスブルク王朝は終わった。



19世紀のウイーンは文化が爛熟しつつも民族が混在し
ナショナリズムが台頭して混迷を深めていた。

フランツ・ヨーゼフ皇帝は勤勉で国父と尊称されていたが、
外交面ではプロイセンとの協調を目指した。

一方、秀才かつプレイボーイと言われていたその1人息子の
ルドルフはロシア、仏に肩入れしていた。

その意見の相違も映画「うたかたの恋」に描かれた
謎の心中事件に繋がったとの説明もされる。

後継指名された傍系のフェルディナント大公は
女官と貴賤結婚していたことから、その子供も含めて
皇族と認められぬ事などことごとく皇帝と対立した。

王朝の終わりとはこのように内憂外患極まるのだろう。



その後セルビアでの事件に至るが、
それから100年、欧州では様々な戦禍が起きた。

過日、最大の激戦地となったベルギーのイーペルでは
EU首脳が集まり追悼式典が行われた。

この地で、首脳は平和そして統合欧州への
誓いを新たにした。

とは言え欧州委員長決定において英国キャメロン首相の
強い反対を押し切り、メルケル首相らが担いだ
ルクセンブルクのユンケル元首相が選出された。

反統合欧州の動きも強まる中で、今後英国と大陸諸国との
亀裂はどこまで拡大するのだろうか。





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プロフィール

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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