テロの温床

EU本部があるベルギーの首都ブラッセルがテロに襲われた。
このニュースに触れ忘れていた記憶が様々によみがえった。

20年余り前のベルギーはギリシャ顔負けの財政赤字国であり、
おかげで大蔵省へ生保マネーの貸付に再三出かけた。

この街はパリのような華やぎがないだけに返って落ち着いた雰囲気があり、
人口が減少した将来の日本はこのような成熟した欧州の中堅国を目指す
べきだと考えたものだ。



ベルギーの帝国主義は19世紀末から20世紀にかけての比較的短いもので、
コンゴ、ルワンダ、ブルンジおよび天津に限定されていた。

したがってイスラム聖戦士(ジハーディスト)の本拠地になる歴史的背景はとぼしい。

そのきっかけを探せば、フランスが1950ー60年代に北アフリカの
植民地支配から手を引いた後か。

北アフリカ生まれのムスリムがフランスに渡り、さらにフランスの工業地帯から職を求めてベルギーの都市に流れて来た。

ベルギーは移民の安価な労働力を重宝したが、
政府は長い間移民の宗教的な態度に自由放任主義を取った。

つまり移民に対して言語、教育システム、雇用などを通じたベルギーでの生活への
統合は重視されなかったことが、ベルギー国内にEUの敵を育て今回の事件につながった
と考えられている。


また警察力の弱さも指摘される。

例えば、イタリアの警察は国防省の下にカラビニエリがそして財務警察、
刑務警察、自治体警察などがあるが、ベルギーでも警察組織は6つに
分かれている。

さらにテロ対策の専門分野も存在しないなど組織力の問題は否めず
警備が手薄となっていた。

今回空港で辛くも被害を免れた人が1時間後に地下鉄で
テロに遭遇して死亡した例があった。

なぜ地下鉄運転休止も含め非常事態宣言が出されなかったのか、
政府の対応も問題視されるのはやむをえない。

果たしてビール、チョコレート、ムール貝など肩肘張らない気楽な
美食の街に平和は戻るのだろうか。



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プロフィール

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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