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ジャンヌ・ダルク

今月のフランス・ゼミの課題作は19世紀の歴史家である
ジュール・ミシュレの「ジャンヌ・ダルク」。

15世紀のフランスの「救国の処女」がオルレアンの開城から
ルーアンで「異端の魔女」として裁かれるまでの2年間の出来事史だ。

歴史家で文学者である著者は、ジャンヌの出現によってはじめてフランスと
いう国が意識されたとし、
その意味でジャンヌこそナショナリズムの源であることを教えてくれる。

つまりフランスの歴史においてこのジャンヌ・ダルクとナポレオンは
欠かすことのできない大きな存在と言っても良さそうだ。



同時に参考文献として竹下節子さんの「ジャンヌ・ダルク」も読んだ。

ジャンヌがキリスト教内において超異端と正統のはざまで揺れ、
結局1920年に「守護聖人」として列聖されるに至るまでの中世の欧州さらに
キリスト教の実情が良く分かった。

神の啓示を受ける女性はジャンヌに限らずキリスト世界には存在したようだが
「男装の麗人」「戦士」「名誉回復の聖女」「火刑台」などその人のインパクト
は大きく、現代人にも強い印象を残すところとなった。

従ってジャンヌは現代においても「統合の象徴」として右派も左派も
利用しているが、同時にキリスト教の聖人としてフランスに生き続けている。

折しも1月の「私の履歴書」の主人公は草笛光子。

1959年に日比谷公会堂で行ったアルテュ-ル・オネゲルのオラトリオ
「火刑台のジャンヌダルク」を個人史における一大イベントとして
詳述しているのもうなずけるところだ。



当時の欧州は英仏百年戦争のさなかで、ナショナリズムは
いまだ萌芽の時期。

つまり封建領主による領土支配が前提になっていた時代で
その家督の継承は各貴族にとって重大問題だった。

それゆえにフランス王位の継承は現在の国境をまたいだ紛争となり
フランス・バロア朝のシャルル7世と英国プランタジネット朝ヘンリー6世との
争いがその背景に存在していた。

それにしても欧州の「中世」は今一つ実感が湧かない時代だが
今回のジャンヌ・ダルクの読書を通じて多少理解が深まったような気がする。

かといって隔靴掻痒という得も言われぬ気分はなかなか晴れないのだが。



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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