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継体天皇

プロイセンの宰相ビスマルクは「賢人は歴史に学ぶ」と言ったが
このところ「応仁の乱」が流行るように今も変わらず日本史人気は根強い。

一方現代の皇族には過去半世紀において男子は
悠仁親王以外は生まれておらず、皇統の存続が懸念されている。

したがって万世一系を旨とした125代にわたる天皇家において
異色の存在である26代の継体天皇の即位に学ぼうとする向きがある。



6世紀初頭に皇位についた継体天皇はヤマトから離れ近江もしくは
福井に長く土着した一族で、帰化人との接触も多く地方の豪族として
大勢力になったと推測されている。

5世紀後半雄略天皇(21代)がライバルつぶしを行った結果
男系男子がいなくなった。

したがって22代こそ息子の清寧に継承されたがそれ以降23,24,25代は
3世代遡り血縁的にかなり遠いところから選ばれたのである。

さらに25代の武烈で仁徳(16代)の子孫は完全に途絶えた。

そこでさらに応神(15代)まで遡り、そのひ孫の孫つまり
6世代目にあたる継体へと引き継がれたのである。

これは王権の簒奪が行われたと見るのが妥当かも知れず、
平和的に権力が移行されたのではないとも思われる。

とはいえ万世一系は続いたと解釈されたのである。



このように25代から26代へは何世代も遡って継承が行われており
果たして血統的につながっているのかも疑わしいが、ともかく
天皇家は継体以降1500年にわたり続くことになる。

そして現在のところでは悠仁の血のスペアの存在は余り見当たらず
明治天皇よりさらに遡ってその係累をも対象とすべきなのかも知れない。

すでに宮内庁において該当者調査が進んでいるとも思えないが、
数十年後には江戸時代の孝明や仁孝天皇の血統でIT長者にでも
なっているような人物が天皇になるということがあるのかも知れない。


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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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