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マドレーヌ

過日下田に出かけた知人からペリーロードのそばにある
日新堂のマドレーヌを頂いた。

これは現地でしか買うことはできない貴重品だが、半世紀前
下田東急ホテルに籠っては執筆に勤しんだ三島由紀夫が
愛したことでとりわけ有名な逸品だ。

大正時代から変わらぬ製法で作られているだけに変哲もないが
素朴でとても美味しい。



下田は1854年ペリーが上陸しさらに米領事館が置かれ
一時日米の外交舞台となって輝いた。

その中心のペリーロードは海岸から日米修好条約が交渉された
了仙寺に至る道だ。

このお寺に後にハリスが赴任してくるがこの地こそ日本の近代化の
出発点のひとつとして位置付けることが可能だ。

今はハリスの愛人である唐人お吉の住居跡やなまこ塀の街並みが
残る程度だが、金目鯛を食べる楽しみも含めて一見の価値がある。



幕末の15年間および維新政府が樹立されて西南戦争が起きるまでの
10年間、つまりこの四半世紀に日本は大きく動いた。

したがって今年は1868年10月に明治と改元されて150周年となり
それなりの意味を感じるが、どこを見てもそれを祝おうというムードはさらさらない。

それは戦後民主教育が太平洋戦争へと突入した原因を
明治維新による立憲君主政治の故だと
強調したせいだろうか。

明治100年を迎えた1968年に祝賀事業が計画されたが、
学生運動が華やかなりし頃で反対運動のターゲットとなり消滅したとも聞く。

実際明治政府が発足後の天皇親政の結果として
77年後に日本が敗戦に追い込まれるに至った。

とはいえ五か条のご誓文に見られる通り、立憲政治へと舵が切られたのはたしかであり、
曲りなりにも万民が封建制度から解放された重要な歴史の転換点だったと評価できるとも思うのだが。

フランス革命ほどの意味はないかも知れないが、明治維新も
それなりの意味があったのではないか。

マドレーヌの風味に150年前の明治維新に思いを馳せたのである。





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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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