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栄枯盛衰

4月12日に迫っていた英国のEU離脱について、
EU首脳会議は10月31日への延長を決議した。

英国の惨状を踏まえトゥスクEU大統領は1年の延長を提案して
いたが、事態の好転を余り期待できない現状、拠出金の支払を求める一方で
半年の時間的猶予をメイ首相に与えることで決着した。

実際「合意なき離脱」となれば英国経済はGDP3.5%減と
大きく毀損されることになる。

またEU経済も0.5%程度のマイナスと返り血を浴びるとの見通しもあり
それを回避したかったということだ。

とはいえ6か月延長されても英国内で意見が集約される保証はなく、
英国は「大英帝国」の終わりの終わりに直面して断末魔の議論紛糾が
続くことになるだろう。



それにしても大英帝国の繁栄はローマ帝国に比肩するものであり
それ以上の輝きを見せたとも言える。

特にビクトリア女王の在位67年(1834~1901)に最盛期に達し、
人口・領土ともに世界の1/4に達した。

19世紀後半はドイツ、米国が台頭してきた時期でもあるが、インド帝国を
はじめとする植民地経営の拡大はそれを上回る成長をもたらし、
トーマス・クック社が大繁盛したように英国人の旅行熱は沸騰していた。

その隆盛ぶりは世界史において類をみないものだったが、
その衰退もまた坂道を駆け下るように早かった。



その繁栄の終わりを象徴する出来事としては、
①1931年のウエストミンスター憲章制定(英連邦自治領への外交権の付与)
②1944年のブレトンウッズ会議(基軸通貨が英ポンドから米ドルへ移行)
③1957年のインド・パキスタンの独立
などが挙げられる。

つまりナショナリズムの台頭による植民地主義の限界や米国の経済・
軍事力の台頭などによりに帝国の終わりは加速されたのである。

実際植民地を失えば人口7千万人弱の島国に過ぎず、経済力、軍事力、
金融力などにおいて世界を支配することが不可能になったことは明らかだ。

それから半世紀余り、現状世界5位のGDPを確保しており、またかつての
栄光や外交的遺産もあり一定程度のプレゼンスを維持している。

とはいえ今回EU離脱となればいくら英連邦の結束を固めるなどと
言っても絵空事に終わるだろう。

国家の栄枯盛衰は歴史の必然ということだ。


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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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