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拝謁記

例年8月平成の天皇は戦争への反省を込めて
祈りの時を過ごしていたと聞く。

また新天皇も「深い反省を踏襲する」と全国戦没者追悼式で
述べ、令和においても8月は祈りと反省の月であり続けることになった。

つまり昭和天皇の「反省」が3代に渡り引き継がれることになり
マスコミは喧伝したのだが・・・・

その一環か今年は初代宮内庁長官である田島道治の
1948年から5年に渡り天皇との600回にわたる面談を
記録した「拝謁記」が報道されたのである、

その内容についてはこれまでの侍従たちの回想記
を超えるものではないとの専門家の意見があり、朝日を除く大手各紙
もそのような扱いだったようだ。

しかしNHKは様相を異にし、特集番組を組んだのはもちろん
朝夕のニュースにおいて5日間にもわたりその内容を垂れ流し
一体何が起きたのかとその編集意図をいぶかしんだ。



その内容によれば天皇は戦争責任について繰り返し反省の弁を
述べ、それを国民にも伝えたいと考えていた。

しかし時の吉田茂首相に反対されてできなかったとも。

一方で戦後の国際情勢をかんがみて軍備の再構築を指示したがるなど
「象徴」の意味が良く分かっていない一面も散見されたようである。

つまり戦前の軍の大元帥としてまた国政において首相任免の
決定権者としての一面を習い性として変えられなかったようである。

つまり戦後に至っても「反省」と「権力者」の狭間で揺れていたのである。



どちらにしても戦後300万人の日本人が死亡するに至った戦争責任を
問う声があったものの、それ以上の多くの日本国民が天皇に
癒しを求めたことが今日の天皇家の運命を決定した。

相変わらず日曜日の早朝は「皇室日記」(かつては「皇室アルバム」
と言われた)が放映され、皇室の情勢が好意的に報道されている。

もちろん「優雅なニート」暮らしをする女性皇族たちに対する批判も
聞くが、天皇家に対する日本人の感情は不思議と言うしかないのである。

ともかく日本統治に不可欠と考えて平和憲法の導入と天皇家の
存続を決めたマッカーサーに先見の明があったと言うことだろうか?



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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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