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お花見

1月31日 (金〉 晴 12度

わが地元が一年で唯一賑わう「梅まつり」の季節が
近づいてきた。

と言うことで開花状況の確認に羽根木公園に出かけたが
梅の木々は2月を待ちきれずにちらほらと咲き始めている。

この分では目下3月22日と予想されている桜の開花も
相当早まるのではないだろうか。

桜の花が待ち遠しいのはやまやまではあるが、近頃は
毎日の如く「サクラ」「サクラ」と永田町からうるさく聞こえて
くるだけに季節感も薄れ興ざめは拭えない。

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(白梅)

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(紅梅)

今も昔も権力者はお花見が好きなようだ。

太閤秀吉が京都山科にある醍醐寺で「醍醐の花見」
を催したのは慶長3年(1598年)3月15日。

新暦では4月20日頃と言われるが、この宴のために
畿内、吉野から700本もの桜が移されたと言う。

そして秀吉は華やかに着飾った北政所、淀殿など
妻妾1300人を引きつれ桜と美を競わせたと言う。

とはいえ当時の政治情勢は文禄・慶長の役の敗戦処理中で
総司令官として秀吉はわが世の春を楽しんでいる場合ではなかったのである。

実際その4か月後に老耄の内に死去し、豊臣政権は
あっと言うまに家康に乗っ取られて崩壊する。



それから400年を経過し令和の時代となったものの、時の
権力者は秀吉の轍に学ぶことなく、毎年の如く新宿御苑で
花見を催し数千人の後援者たちを公費で接遇したのである。

現政権はすでに7年を超え憲政史上最長の記録を
塗り替え、さらに4選も語られ始めている。

一方で日本列島は地震・大雨など災害が続き、北朝鮮はじめ
外交の緊張に、その首相が「国難」を叫んでいたのは片腹痛い。

どちらにしても権力者が桜の美を貪りわが世の春を謳歌すれば
早晩自己崩壊することは歴史の教えるところではないか。


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プロフィール

斉藤洋二

Author:斉藤洋二
銀行・生命保険会社にて
長く為替・投資業務に携わった。

特にホンコン、パリ在住の際には
中国・アジア・欧州・アフリカ
各国を見て歩いた。

歴史・料理・音楽に興味がある。

「ネクスト経済研究所」代表

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